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2010年4月29日 (木)

葬儀のあり方のアンチテーゼが直葬や家族葬

 本来、儀式や儀礼の形は伝統や習慣にしたがったものがあり、自由な形でおこなうことはたやすいものではありませんでした。特に、葬儀は、亡くなった人へ敬いの思いも強く、多くの人に見守られ、厳かにおこなわれ続けてきました。ところが、大都市、なかでも東京を中心とする首都圏における葬儀は、その形をずいぶん変えてしまっています。

 たとえば、「直葬」があります。遺体を安置しているところから直接火葬場に運び、荼毘にふすのです。葬儀など儀式めいたものはありません。火葬後、ごく近い親族が、お別れの会ならぬ会食をして終わりだというのです。私がこの直葬のことを知ったのは、今から5年ほど前に新聞記事でした。そこには、東京の葬儀の約3割は直葬であると書いてありました。いまでは、半分以上は直葬ではないか、という話を聞いています。
 もうひとつ、増えているのは「家族葬」です。近い親族だけで、10~20名程度で行われる葬儀です。2~3名の家族葬も多くあるとも聞いています。

 このような葬儀が行われる背景には、さまざまな理由があるようですが、一番の理由は、できるだけ費用のかからない葬儀をしようというところにあるようです。確かに、葬儀のかかる費用は、とても大きなものであるようです。そのことは、これまでもいろんなところで告発的に公になっています。しかし、一生に一度のことだからと、値切ることもできずに葬儀社や僧侶の言いなりになってきたのではないでしょうか。
 経済合理性からみれば、このような葬儀の形は、ギリギリまで無駄を排したものでしょう。お金をかけ、見栄をはることをやめて、背に腹は変えられないという状況のなかから出てきた葬儀の形のように思えてしかたがありません。
 しかし、冒頭にも書きましたように、亡くなった人への敬いの思いがそれで現されているでしょうか? 特に、直葬などは、亡くなった人の遺体を単に処理しているに過ぎません。亡くなった家族や親族に対する関係はどのようなものであったのでしょうか。喪主や家族の宗教的な希薄さを感ぜずにはおれません。

 常識外れに高いと思われる葬儀費用、僧侶へのお布施、それに抗する形で広がりを見せる直葬や家族葬という状況は、葬儀社からも僧侶からも、それらのありようを考え直そうという動きが出てきています。私はその動きに多いに注目をしたいと思っています。
 ただ、私が感じることは、それらのシステムのありようを変えることは必要だけれど、何をしたいのかを明確化しておかなければならないということです。人間の思考は、あるいは業は、ついついわが利益のために動くことになるのです。

 死を通して自分の人生を考え、死を縁にして自分の出て行く後生に気づかせていただくのです。これはわが思いを超えた阿弥陀さまの教えを聞かせてもらうことでもあるのです。生死を超えた阿弥陀さまの願いを聞かせてもらったものが、あらためて葬儀の意味を考え、阿弥陀さまのまことを聞くことができる縁となるシステム、南無阿弥陀仏が聞こえるシステムとなることが到達点であろうと、私は思っています。

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2010年4月28日 (水)

葬式仏教という批判に対して

 既成仏教のことを、葬式仏教と揶揄されることが多々あります。それに対し、葬式仏教であることを恥じることはない、葬式こそが既成仏教の大きな役割だ、と真正面から反発する僧侶がいます。また、既成仏教が葬式に深く関わっていることに間違いはないが、葬式仏教というのは言い過ぎであり、その面だけを強調するのは誤解である。幅広い仏教の役割をみてほしいとの主張もあります。葬式仏教と言われることのないよう、生きている人間との関わりをもっとアピールしようと活動されている僧侶の方も数多くおられます。
 たとえば、上記の三つの考えや行動について、それぞれの立場に立つ僧侶の思いがでていることに、同じ僧侶として誇らしく思うところがあります。一方的に張られたレッテルに、僧侶としての立場を問い直し、あるべき僧侶としての姿を考えておられるからです。
 しかし、何を言われようと、反発することもなく、ただ現状に安住してしまっている僧侶もいないではありません。また、何が起ころうと、ただ現状維持、自己防衛のための見解にすぎないかもしれない。僧侶も職業分類の一つとしてあり、僧侶やその家族等の生活費を稼ぎ出しているのですから、そのためのお金がふところに入ることは必要なことです。だからといって、金を稼ぐための手段だと割り切ってしまうことはあってはなりません。

かつて、ペンネーム寺内大吉という僧侶は、小説を書き、テレビではベレー帽をかぶってキックボクシングの解説者として活躍していました。私は「なまぐさ坊主作家」との評価しか聞いてはいませんでしたが、僧侶としても名をはせた方でした。師は1991年に浄土宗宗務総長となり、2001年から増上寺第87代法主となられた故・成田有恒師です。
浄土宗宗務総長に就任されたとき、浄土宗の宗務について、葬儀のお布施が高いのではないかと記者から質問を受け、師は次のように答えられたということを聞いたことがあります。
「確かに葬儀のお布施は高いかもしれない。しかし、人びとに対する教化伝道や社会的活動をしたからといって、そこからお金をいただくわけではない。いただいたお布施をどのように使わせていただくということが大切なことなのです」と。

 いまに限らず、葬儀のお布施が高いということが言われ続けています。お布施が、葬儀料や御経料となり、価格表ができてしまうと、市場経済活動としかみられていません。葬儀ということへの対価として考えられていないのです。葬儀への宗教的な意味は失われ、そのことを改めて問うてみようという空気は極めて薄くなってしまっています。
 だからといって、この世に生きている以上、市場経済活動からまったく遊離した活動などあり得はしません。一つは市場経済活動のなかに組み込まれつつも、ここだけは譲ることができないという一線を設けること。中身は薄くとも底辺拡大をめざすものです。もうひとつは、市場経済活動とは一線を画し、宗教的意味を強く主張するという方法。少数でも、中身の濃さを求めるものです。ただ、いずれにしても、志を同じくする視野の広い仲間が必要でしょう。

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2010年4月26日 (月)

念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき

 私たちは、一瞬一瞬、さまざまなことを心のなかに思い浮かべています。はっきりと意識し、その思いが言葉や行動にあらわすことがあります。思いが願いとなって、成就するということもあります。執着となっている思いがかなわず、悩み苦しむこともあります。はっきりしないけれど心のなかにひっかかっているようなこともあります。アッという間に過ぎ去って、すぐに忘れてしまう思いもあります。
 そんな心の動きに振り回され、なかなかうまくコントロールすることができません。心の動きに興味をもち、いろんな学びに精を出す人は少なくありません。それも、自分の心や思いへの執着の一つかもしれません。
 しかし、いろんな学びや訓練を深めても、一人で自分の心をコントロールすることはとても難しいものです。きわめて固有な心の問題であったとしても、他者との関わりのところでしか解決できないでしょう。それは、人間が「社会的存在」であるからでしょう。

  弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生
  をばとぐるなりと信じて念仏申さんとおもひたつこころ
  のおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめ
  たまふなり。(『歎異抄』註釈版p.831)
阿弥陀仏の誓願の不可思議なはたらきにお救いいただいて、必ず浄土に往生するのであると信じて、念仏を称えようという思いがおこるとき、ただちに阿弥陀仏は、その光明の中に摂め取って決して捨てないという利益をお与えくださるのです。(『歎異抄』現代語版p.4)

 念仏は仏を念ずることでした。つまり心のなかに仏をおもうことです。しかし浄土教のなかで、「南無阿弥陀仏」と口で称えることに変化してきました。
 心のなかで仏を念ずるということは、とてもあいまいです。修行することを通してそのあいまいさを具体的なものとしてゆくのでしょうが、日常生活のなかで仏を念ずるということは至難でしょう。だから、意識して「南無阿弥陀仏」と口に出して称えることはとても大切なことです。
 ところが、仏がどのようなものわからないのに、また南無阿弥陀仏の意味がよくわからないのに、念仏したところで私の何が変わるのでしょうか。念仏することは悪いことではない、という程度の思いでは、そのうち口にすることもなくなるかもしれません。あるいは、念仏すれば、浄土に生まれることができると期待しているのでしょうか。

 親鸞聖人は、念仏を称える心が「おこる」と言われています。念仏するのは、自分が思い立ってする行為ではありません。念仏することは、自分がコントロールする思いのなかにあるのではないのです。自分の努力、精進ではおよびもつかない大きな阿弥陀さまの誓願があるから、「南無阿弥陀仏」と称えることができるのです。
 自分の称えている念仏が、阿弥陀さまの願いによるものかどうかを、私がはかれるものではありません。ただ、阿弥陀さまの心を聞かせていただき、そのお心におまかせすることができますか。阿弥陀さまの誓願は、私にとっては不可思議なはたらきですから、それにうなづき、まかせるということも、難しいことです。
 しかし聞けば届きます。阿弥陀さまの心を聞くのです。私の心のなかで、ああでもない、こうでもないと思い悩むのではなく、阿弥陀さまとの関わりのなかでしか解決できないのです。

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2010年4月23日 (金)

多々のごとく、阿摩のごとく

 「厳父慈母」ということばが示すように、厳しい父親、慈しみのある母親が両親の理想型として示されてきました。親鸞聖人幼少のとき、そのようなご両親との関係があったのでしょう。しかしそれも、ほんのわずかな間のことで、まもなく死別の悲しみを味わわれ、9歳の時に出家され、それから20年間比叡山で仏道修行に励まれたのです。
 短い父母との生活、そしてこの世における父母との別れは、仏道修行のなかでも何度も思い起こされたことでしょう。そして聖徳太子を父のように、観音菩薩を母のように慕われました。親鸞聖人は、いつも父母にあっておられたのです。
 そのことを次のような『正像末和讃』から教えられます。

  救世観音大菩薩 聖徳皇と示現して
  多々のごとくすてずして 阿摩のごとくにそひたまふ
救世の観世音菩薩は、聖徳太子としてこの世に現れ、父のようにいつくしみ、母のように寄り添ってあわれみ護ってくださる。

  無始よりこのかたこの世まで 聖徳皇のあはれみに
  多々のごとくにそひたまひ 阿摩のごとくにおはします
始まりのわからない昔から今日まで、聖徳太子は観音菩薩の化身として、父母のように私たちをあわれみはぐくんでくださった。

  大慈救世聖徳皇 父のごとくにおはします
  大悲救世観世音 母のごとくにおはします
聖徳皇の大慈は父のように、観世音菩薩の大悲は母のように、つねに私のことを慈しみ、あわれみ、はぐくんでくださっている。

 「多々」は父のこと、「阿摩」は母のことです。いずれもサンスクリット語を音写したことばです。
 聖徳太子は歴史上の人物ではありませんし、観音菩薩は抽象的な仏さまではありません。どちらも、父のように母のように、親鸞聖人に直接はたらきかけてくださっている方であったのです。

 当たり前のことですが、私にも父と母がいて、私はこの世に生まれることができました。心を落ち着けて考えると、亡くなった父を思いだし、ひとりで暮らしている母は元気だろうか・・・と思います。しかしそんな時間は、一日のうちどれだけあるでしょうか。いや、一週間、一ヶ月の間にどれだけあるでしょうか。
 父や母に対してもそうなのに、三世を超えて私にはたらきかけてくださる諸仏諸菩薩に対しての感度は、ほんとに鈍いと思わずにはおれません。思いをめぐらしても、ぼんやり抽象的に描くに過ぎません。
 「生きてる」「聞いている」「思っている」「感じてる」・・・というのは思いあがり。~していても、~していなくても、とてつもなくはかりしれない大きな力に生かされているのです。そして、そのことを、感じることができていないのです。南無阿弥陀仏です。

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2010年4月21日 (水)

トップの交代

 4月19日付にて、本願築地別院豊原大成輪番が退任されました。豊原輪番は、2年間前の3月末に着任されました。いままでとは違った視点で、多くのことをご教示いただきました。
 代わって、本願寺派前総長・不二川公勝師が本日着任されます。

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2010年4月19日 (月)

仏法の方向を向いて生きよ

 仏法のなかに、わが思いを交えてしまうと、阿弥陀さまの願いが私のところに届きません。本願ははたらいていますが、私がはねつけているのです。わが思いが優先する仏法の味わいは、阿弥陀さまの願いではありません。わが思いです。

 ここが仏法を聞く上で、阿弥陀さまの願いとわが思いが入り交じって混乱するところです。わが思いのことは、「はからい」と言われ、また「とらわれ」と言われます。このわが思いを捨てない限り、仏法は聞けません。
 しかし自力で、わが思いを捨てるのではありません。もっとも、わが思いを捨てようにも捨てられるはずもありません。しかし、ことばの上では、阿弥陀さまの願いにわが思いをまかせたときにはからいがなくなるのです。阿弥陀さまの願いが届いたとき、わが思いであるはからいやとらわれが捨てられるとも言えます。どちらが先かということではありません。同じことが一度に起こるのです。ここがとても微妙なところですが、ここのところをあれこれと詮索したり、議論したところで意味はありません。ただ聴聞するしかありません。阿弥陀さまがこの迷いの一点を破ってくださる。聴聞することによって、その機会にめぐまれるとしか言いようがありません。
それを、私の側から言うなら、気づかせていただいた、わからせていただいた、さとることができた、阿弥陀さまの願いが届いた、阿弥陀さまに遇えた、疑いが晴れた、・・・などなど、さまざまに表現されます。それがどんなときか、凡夫には知るよしもありません。わからないから「たまたま」としか言いようがありません。仏法を聞くことも、思い通りにはならないのです。
 だからといって、何もしないで、仏法を聞ける「たまたま」がやってくることに期待しているようでは、仏法は聞けません。そんな思いも凡夫のはからいでしょう。少なくとも、仏法を聞こうという姿勢が必要です。それもはからいでは・・・?

  弥陀の本願信ずべし
  本願信ずるひとはみな
  摂取不捨の利益にて
  無上覚をばさとるなり
    (『正像末和讃』註釈版p.600)

 「信ずべし」は命令形です。しかし凡夫が起こす信心ではありません。阿弥陀さまの摂取不捨の利益によって、この上ないさとりをひらくことができるのです。私の力などはどこにもはたらいてはいません。しかし阿弥陀さまは私に呼びかけられます。「弥陀の本願信ずべし」と。
 暗闇のなかで生きているということがわからないのが凡夫です。わが思いだけしか頼りにして生きていけないことが暗闇に生きているということです。自らの力で信ずることができない凡夫に、あてもなくただ生きるのではなく、阿弥陀さまの願いを求めよと示されているのです。仏法の方を向いて生きよということが示されているのです。
 

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2010年4月17日 (土)

懈慢辺地にとまるなり

 努力や精進というのは、言うは易く行うは難いものですが、人生のなかのどこかで、ずいぶんがんばったという経験は誰もがもっていると思います。私にもあります・・・、なんて言いたくなるのは、そんな過去の経験にしがみついている気持ちのあらわれでしょう。いまは、努力や精進に励むことができていないから、過去のことを引っ張り出してくるのかもしれません。努力や精進をする思いはあっても、その気持ちを持ち続け、実践し続けるということは、ほんとうに難しいことです。

 努力や精進を続ける人を一流というのでしょう。直接的に自分の身を楽しませ、心踊るものであればたやすくおこなえるように思いますが、そういうものでもなかなか続けられるものでありません。ただ、この世に生まれ、この世のことに関わった評価は、超一流のものであってもこの世限りのものです。この世の努力・精進さえもできないのに、生死をこえたさとりの世界をめざすことは簡単ではありません。

  本師源信和尚は
  懐感禅師の釈により
  『処胎経』をひらきてぞ
  懈慢界をばあらはせる
   (『高僧和讃』註釈版p.594)
源信和尚は、善導大師の弟子の懐感禅師が著された『群疑論』に引用されている『処胎経』のなかに、雑修のものが生まれる懈慢界を明らかにされた。

 真実報土に対する方便化土の世界が懈慢界です。懈慢界は、懈怠と驕慢のものが生まれるところです。真実報土に対する、化土が懈慢界です。阿弥陀さまの願いにまかせられないから懈怠であり、自分のありようを見誤り自力の諸行でなんとかできるとうぬぼれるから驕慢。そんな自力雑修の人の生まれる世界です。阿弥陀さまが教えに耳を傾けることができない凡夫の姿のひとつです。

  仏智疑惑の罪により
  懈慢辺地にとまるなり
  疑惑の罪のふかきゆへ
  年歳劫数をふるととく
    (『正像末和讃』註釈版p.611)
仏智を疑うという罪によって、浄土の辺地である懈慢界にとどまるのである。それは仏智を疑惑するという罪が深いので、この化土の世界で、空しく長い年数を過ごさなければならないと説かれている。

 仏智を疑う者は、阿弥陀さまの浄土に生まれることができないのです。仏法を聞いても、長い間阿弥陀さまと会うこともできず、無為な時間を過ごさねばならないのです。それほどまでに阿弥陀さまの心を疑うことの罪は重いということです。それが懈怠と驕慢となって、聞ける仏法に耳をふさいでしまうことになるのです。

 できた、やった、がんばった・・・と、わが身を頼りにし、この世のことにかかり果てた努力や精進が、実は阿弥陀さまの仏智を疑う懈怠と驕慢になってはいないか、問い求めてみてはどうでしょうか。聞いても聞いても、頼りにするのはわが身であり、わが心であることを知らされます。

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2010年4月16日 (金)

「~ねばならない」が必要のない世界へ

 同じ仕事でも遊びでも、「~ねばならない」と思うと、それだけプレッシャーがかかってつらい仕事になったり、遊びの楽しさが薄れることがあります。自分の思いや行動を思うようにコントロールできないからでしょう。しかし怠け者の私にすれば、「~ねばならない」ということがあるから、しかたなくてもがんばるということがあります。

 「~ねばならない」というのは、矢をつがえた弓の弦をいっぱいに引いた状態をイメージします。力も入るし、ドキドキ感もあります。余裕はありません。もうゆっくり緩める余裕もなく、ただ矢を離すしかありません。矢の方向は定まらなくても前に飛んでいくしかないという状態です。そういう状態に追い込まれ、選択の余地がないから前へ進むんでしょう。

 仏法を聞くことは、どこかで「~ねばならない」とプレッシャーがかかってくるものです。しかしこれはとても大切なことだと思うのです。自分の心にまかせていたら、仏法を聞く余地などはどこにもありません。
 仏法を聞こうと思い立つ心が「菩提心」です。この心が私のなかから起こっていくることはありません。私が気づかないさまざまな縁におもよされて起こってくる心です。親鸞聖人はこの心さえも阿弥陀さまからいただく心だと説かれるのです。

 仏法を「聞かねばならない」と思い立つ心を阿弥陀さまからいただき、気づかせてもらっても、自分の心が出てきます。「もう聞きたくない」「阿弥陀さまの心なんて聞けるものではない」「もう聞かない」などと。
 阿弥陀さまのご催促を無視し、この世の「~ねばならない」と比べものにならないほど軽い「聞かねばならない」であることがわかります。自分の心が優先します。阿弥陀さまの心を思いはかることなどかけらもありません。

 この世における「~ねばならない」というのは、せっぱ詰まったところがあります。泣いても笑ってもそれなりに成し遂げなければならないと思います。もし「~ねばならない」ことをしなければ、なんらかの社会的制裁があったり、嫌悪感をいだくことになります。そうなることを回避したい思いがプレッシャーになるのでしょう。
 でも、仏法の「聞かねばならない」は、聞かなくても社会的制裁などありません。阿弥陀さまも、仏法を聞かない衆生を責められることなどあろうはずはありません。それゆえ長い間、私は仏法から逃げ続けてきたのです。
 にもかわらず、仏法を「聞かなければならない」というプレッシャーを感じるのは、自分の思いを超えた思いです。それこそ「発菩提心」なのでしょう。

 しかし、それで「よし」ではありません。ピ~ンと張り詰めた弦が緩まなければなりません。自分のなかには「~ねばならない」という思いなど、まったく必要のない世界に出させてもらうのです。

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2010年4月12日 (月)

聞くべき話しが巷にはないのか?

 世のなかには楽しい話はいっぱいあります。役に立つ情報もいっぱいあります。背筋の寒くなったり、悲しくなる話もあふれています。腹を立てる材料もいっぱいあります。そんななかで、ほんとうに私に必要な話、情報はどれなのでしょうか?
 そのときどきによって、あれもこれも・・・が必要なのでしょう。ところが、時間が経てば、状況が変われば、どうでもよくなってしまうようなものが多いものです。その証拠に、そのほとんどを忘れてしまうのです。ほんとうに必要なら、忘れようにも忘れられないでしょう。身につかないようなものは必要ではないのです。

 あふれる情報をいかに収集し、取捨選択し、整理し、修正し、統合し、組み立て、活かしていくのか、・・・というのは、現代社会をうまく生きていくための必須技術です。でも、あふれる情報がクズばかりであったとしたら、その技術が一級品であっても意味はありません。うまく生きると言ってはみても、それがほんとうに「うまく」いきているのかどうかは検証してみなければなりません。
 もちろんうまく生きたいし、よりよくも生きたい。だからいろいろ身にはつける努力しますが、ほんとうに大切な情報が、ほんとうに少ないという感じがします。
 たとえば、「私はどこから生まれてきたの?」「何のために生きているの?」「死んだらどうなるの?」という、おそらく誰もが一度は考えるであろう問いに応えるような情報は、日常生活のなかには皆無とさえ言えるでしょう。おそらく有史以来、問われ考え続けてきた問題であるはずなのに。
 私も仏法と出遇うことがなければ、問いはあっても、応えることも考え続けることもなかったでしょう。ましてや、その答えをみつけることなどあり得なかったと思います。

 私は、いま、はっきりと、仏法を聞くために生まれさせてもらい、生かさせていただいている、と言えます。そういう答えしか出すことができません。
 そして私の生まれる前のふるさとは地獄であったし、死んだらふるさとの地獄に帰るのだとも知らされます。もちろんそう思いたくはありませんが、阿弥陀さまの智慧に我が身が照らされたら、そうしか答えが出てくる余地はありません。これがありのままの私であると教えられるのです。それは悲観的でも、自虐的でも、後ろ向きでも、暗いわけでもありません。
 しかしただそういう風に見せられるだけであれば、こんな悲惨なことはありません。ただ絶望しかありません。こういうことが、ありのままの私だから、阿弥陀さまの願いができたのです。阿弥陀さまにしてみれば放ってはおけなかった。

 その阿弥陀さまの心を聞かせてもらうのが仏法聴聞です。仏さまの話を聞いて、それを自分の都合の良いように取捨選択したり、整理したり、修正や統合、組み立て活かしていくというのではありません。仏法はうまく生きるための情報ではないのですから。身につける情報でもありません。そのまま聞けば、響いてくるのが仏法です。
 しかしその聞くべき話が、情報が、巷にはほとんどありません。そう思ってしまいますが、そんなことはありません。それが阿弥陀さまの心と聞くことができないだけのことなのです。

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2010年4月10日 (土)

話を聞いた後に疲れるのは?

 人の話を聞いたあと、爽快な感じのときと、病気になってしまったのか・・・と思うほど疲れるときがあります。それは何によってその違いが生まれるのでしょうか?
 そのときの体調や、話の内容によるのかとも思いますが、それが主要因ではないようです。たくさん話したいことがあるけれども、聞き手にまわらねばならないときがあります。このときは、自分中心になってしまい、なかなかうまく聞けません。だからといって、ストレスはたまっても、疲れたという感じにはなりません。

 最近思うことは、話す人とのリズムが合わないときに、とっても疲れるということです。聞く立場に立つなら、相手の話すリズムに合わさなければなりません。早口で話す人、ゆっくり話す人であればそれに合わせて聞くし、同じことをくり返す人であればその話し方に合わすのが、聞く人の態度です。
 相手との関係をよくみながら、「もう少しゆっくり(早く)話していただけませんか」とお願いすることもできるかもしれません。同じことをくり返す人であれば、うまく間合いをみて、それまでの話を復唱したり、相手の気持ちを言葉にして返すことで、話が前に進んでいくこともあります。しかし、なんと表現していいのかわからないのですが、とにかくリズムの合わない人がいるのです。修復の手立てが見つからないほどリズムが合わない人が。
 もしかしたら、このリズムの合わない人は、私の嫌いな人なのか・・・とも、思ってしまいます。人間の感情は、「好き」「嫌い」という二つしかありません。人間の心はとても複雑ですが、要するにこの「好き」「嫌い」に振り分けられてしまうのではないでしょうか。「どちらでもない」という感情もあるように思いますが、これもそのうち「好き」か「嫌い」のいずれ分類されてしまうようです。リズムの合わない人は「嫌い」な人でしょうか。必ずしも、そうとも言えないような気がします。「好き」な人と話していても、結構疲れることもありますから。

そうなると、相手とリズムが合わないのではなく、相手のリズムに合わせられないのしょう。潜在的には、合わさないのかもしれません。
リズムが合うか合わないかということだけで言えば、それは人間関係の問題です。しかしそう言ってしまうと、とても抽象的で問題はあいまいなままです。そういう人間関係を生み出しているのは、相手に合わせられないという実力の問題であり、合わさないという私の気分の問題なのでしょう。話した後に疲れた、相手とのリズムが合わない、などという時、必ず話した相手のことは善くは言いません。というより、自分のことは棚に上げたままです。
 話した後が爽快なのは、相手が自分に合ったリズムで話してくれたからでしょう。自分に興味のある内容なら、なおさら真剣に聞けるでしょう。私が何も工夫しなくても相手が与えてくれるのです。話した後に疲れがでるのは、相手に責任があるのではなく、聞く側の私の態度を含めた私の持ち物にあるようです。

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2010年4月 8日 (木)

まず自己の信の中身を問うことから

 人間の感覚は絶対的なものではありませんが、感じることはまったくの妄想ばかりでもありません。意外と本質をついた鋭さを有していることもあります。社会科学は、その感覚的なものをなんとか証明しようとします。多くは感覚的なものを追認することが多いような気がしますが、それぞれのバラバラな思いを多くの人に共有できる成果としてなります。

 4月4日に紹介しました、小谷みどり「寺院とのかかわり~寺院の今日的役割とは」(LifeDesign REPORT,2009年10月)です。これは2009年2月1日~2月15日までのあいだに、40~69歳までの全国の男女600人を対象に、郵送で質問票を送付し回収したもの調査結果です。回収率は566名(有効回答数94.3%)です。この要旨を引用してみます。

 ① 生活者と寺院のかかわりを調査したところ、墓参りや
   観光以外で寺院を訪れる人は少ないものの、法話や
   座禅、イベントなどへの参加に関心を寄せる人は少なく
   なかった。
 ② 将来的にはお墓を継承できず、維持管理できなくなる
   と考える人は多いうえ、寺院との付き合いが希薄に
   なっていくと考える人が多く、意識の上で「寺離れ」が
   浸透している。
 ③ 寺院がすべき活動として、「死者・先祖の供養」以外に、
   「介護や死の看取りなど、老い・病気・死に関わる取り
  組み」を挙げた人も少なくなかった。
 ④ 死に直面したとき、僧侶が心の支えになると考える人は
  25%程度しかおらず、少なかった。

 この調査結果に危機感を表しているのは、既成仏教教団の方たちです。将来的には寺院および宗派・教団の存亡に関わってくることだとも言えます。だからと言って、すぐに解決できるわけではありませんが、人間関係を深めたり、社会への積極的な関わりを重視することが提起されます。たとえば、社会や時代の苦しみが理解できていない状況が指摘されたり、人びとの心のかなに入ってゆくような活動の必要性が述べられます。
 人間的あるいは社会的な関わりが、社会全体に希薄化していることは、多くの人が感じていることでしょう。また家族なり地域なり、あるいはネットワークといった形で、関係性の質も量も重視する試みがなされています。それだけに上記の指摘は意味あるものだと思います。
 しかし、決定的に宗教的視点が欠けているという思いがしてなりません。さらに言うなら、真宗者・念仏者としての反省なり、提起にはなっていないということです。

 提起される指摘は、教化者としての目線です。「利他」「教人信」の指摘でしかありません。もちろん教団や組織としての問題提起ではあるのでしょうが、一人ひとりのところを問うことなしに、教団や組織が変わることなどあり得ません。

 このような状況となった背景には、まず僧侶が自己の信心の中身を厳しく問わずにきた結果だとしか、私には思えないのです。腹底からのメッセージが発せていないから、人の腹底に届かないのではないでしょうか。それ以前に、一般の人たちが、僧侶の話の真偽を感覚的に感じ取っているのではないでしょうか。
 法話、座禅、イベントなどには関心を寄せる人は少なくありませんが、リピーターがいないという印象をもっているのは、私だけでしょうか。

 寺離れは間違いないでしょう。しかし真実に触れたいという欲求は、潜在的にはとても大きなものであります。人と真実との接点は、人です。仏教で言えば、一般の人は、僧侶であるとイメージするでしょう。しかしその僧侶が応えられていないのです。

 生まれたときから仏さまである人はいません。僧侶は、一つの役割として、専門的機関で知識や技術や作法を学び,身につけることはできます。しかし、信はそれぞれが求めなければなりません。ただ、信について、第三者が判定することはできません。すべてが、私と阿弥陀さまとの関係でしかないのですから。そこが、この問題を第三者として、評論的に語ることができない問題でもあるから、大きな議論にはなりにくいのかとも思うのです。

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2010年4月 7日 (水)

如来利他の信心に通入せん

  定散諸機各別の
  自力の三心ひるがへし
  如来利他の信心に
  通入せんとねがふべし
    (『浄土和讃』註釈版p.571)
定善と散善という自分の力を頼りとする生き方は人それぞれによって違うものではあるが、我が力にて往生しようとする自力の三心では仏になることはできない。その自力の心を振り捨てて、一切衆生を必ず救わずにはおかないという阿弥陀さまからの他力回向の信心に入ろうと願うべきである。

 「定善」とは雑念を払い心を静め、仏さまや浄土を念ずることであり、「散善」とは散乱した心のままで悪を止め、善を修めることです。これらはいずれもわが力から出たものですから、そこから生まれる三心(至誠心、深心、廻向発願心)もまた自力です。
 仏教では、自力というのは自分の力によって修行し悟りを得ようとする聖道門の教えのことです。教えに従って修行をするのですが、最後のさとりへのプロセスは自分の精進によるのです。それぞれの人による信心ですからそれぞれのさとりと言えるでしょう。自分では確かな信心であっても、他の人と違えば、その中身を分かち合おうにも分かち合うことさえもできないところがあるでしょう。しかしそれでは同じ浄土に生まれるということにはなりません。
 そんな心を「ひるがえし」と示されています。ひるがえすというのは、ひっくり返すとか、態度などをがらりと変えることです。これらの心とは、まったく違う心である「如来利他の信心」に変わらねば浄土に生まれられないということです。

 ここで気になるのが「利他」という言葉です。大乗仏教は「自利利他円満」の教えだともいいます。また最近、浄土真宗の僧俗が、もっと「利他行」を重視する必要があるという考えを聞いたことがあります。悪いことではありませんし、積極的に人や社会と関わっていくことが必要だと思っていますから、それはそれでいいと思っています。
 ただ、この和讃に使われている「利他」は如来によるものです。私と如来の関係から言うなら、如来さまに私が利せられるという意味でしょう。阿弥陀さまが一切衆生を必ず救うと願いはたらいてくださるという利他です。そしてそのことが成就することが阿弥陀さまの自利でもあるのです。

 私たちも「利他」を考え実践することもありますが、自利の手段であったり、自利と相反することに悩み苦しむこともあります。 “仏教精神に基づいた社会的実践”と高々と看板を掲げてみても、内実は凡夫のはからいでしかないことになりかねません。むしろ、仏教を言わない社会的実践の方が、純粋な気持ちで受け取れることがあります。
 阿弥陀さまによって、ほんとうの意味の「利」を知らせても「自利利他円満」の意味が少し見えてきます。利せられた者にしか、その重さは理解できません。また、「利他」と軽々しく口に出すことのない自分に気づかされるのではないでしょうか。

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2010年4月 4日 (日)

調査報告「寺院とのかかわり」

 最近、第一生命という会社のことが話題になっています。株式会社ということで、ま、それはそれでおもしろい話題なのですが、ここでは取り上げません。
 それより、第一生命経済研究所というところが出したレポートが、昨年末あたりからちょっとした話題になっています。報告者は、同研究所小谷みどり主任研究員。彼女の著書はなかなか辛辣です。

 それはさておき、話題になっているというレポートというのは、下記のものです。A4版8枚の、そんなに長くないものです。一読してみてください。後日、このレポートについて、触れてみたいと思っています。

http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/note/notes0910a.pdf
「寺院とのかかわり~寺院の今日的役割とは」

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2010年4月 2日 (金)

耳慣れぬればなるこにぞのる

 今年の東京の桜は、3月22日に開花しました。その後、とても寒い日が続いたので、当初3月末と予想されていた満開日が、少しずれました。
 私の勤務地では、毎年4月の第一日曜日に花まつり(お釈迦さまの誕生日)が予定されています。今年は4月4日(日)ですから、満開の花の下で花まつりができるだろうと思っています。

 ところが、昨日からとても強い風が吹いています。幸い、まだ桜の花が散ることはありません。しかし今日の天気予報は、暖かく、雨も予想され、とても強い風が吹くらしいのです。4月4日は、花見ならぬ、枝見にならないようにと思うばかりです。

  あすありと 思うこころの あだざくら
  夜半にあらしの 吹かぬものかわ

 親鸞聖人が、9歳の時、出家のために得度をすることになりました。夜も遅くなり、得度は明日にしようということを言われたとき、親鸞聖人は上の歌を詠んだと言われています。
 このブログを読んでくださっている方にすれば、何度も聞いて来られた話でしょう。何度も聞くと、サラリと聞いてしまう話しです。蓮如上人が引用されたという歌に次のようなものがあります。

  おどろかす かひこそなけれ 村雀
  耳なれぬれば なるこ(鳴子)にぞのる

 たとえば、無常ということの非情さに、何度も泣き、落胆し、苦しみ、・・・ということをくり返してきました。また、教えのなかにはさまざまな表現でそのことが示されています。なのに、聞き慣れてしまったら、その意味の重さを味わうことはありません。それ知ってるよ、ということで終わってしまいます。

 経験して驚かないようでは、心の若さに欠けているのだと思います。仏法・法語を聞いて心に響かないのは、誹謗正法と同じことだと心得なければなりません。他人を指さして言うのではなく、自身に向けて言い聞かせています。

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2010年4月 1日 (木)

わが心にまかせられないから、一大事

 わたしが初めて亡くなった人を見たのは、近所のおじいさんでした。いつも怖い顔でにらみつけられるように感じたので、側に近寄らないようにしようと思っていたおじいさんでした。そんなおじいさんが亡くなられたと聞いて、何人かの遊び友達とその家をのぞきに行くと、そのおじいさんが穏やかな顔をして寝ておられたという印象しかありません。まだ、そのときは、死ということがよくわからなかったのでしょう。
 それ以降、小さいときからなじみのあったたくさんのおじいさんやおばあさん、おじさんやおばさんたちが亡くなっていかれました。また、学校や社会のなかで知り合った同級生、先輩、後輩、先生たちとの別れがありました。年齢の高いものから亡くなるということはありません。老少不定です。そのたびに驚き、悲しむだけではない、“なんとも言えない思い”としか表現することができない感じでした。

 人の死は、私の抱いている親しさの度合いに比例して、その驚きや悲しみが大きくなります。推理小説のなかの殺人は、一つの出来事として淡々とつづられ、淡々と読み進めていきます。映画やドラマの死はストーリーの一コマでしかありません。それが知人、友人、近所の人と身近な人になってくると驚きは増します。そして親族、家族と親しみの大きさはその悲しみは増していきます。
 そんな驚きや悲しみを、幾度となく経験しているにもかかわらず、時間の経過とともに忘れてしまうのです。悲しみが癒えてゆくというのは、忘れることなのでしょう。また、忘れるということは、イヤな死を見ないようにする、目をそらすということでもあるような気がします。
 ましてや、その死が自分のこととしてやってくるという受け止め方は、事実として頭で理解できても、腹底に響いてはきません。我がことと実感できません。他人事です。正面からそのことと向き合おうとはしません。向き合いたくないのです。

 一国の王になる地位にいたゴータマ・シッダルタが地位を捨て、家族を捨てて出家の道を歩むきっかけとなったのは、老・病・死との出逢いです。
 老人を見たときも、病人を見たときも、そして死んだ人を見たときも、シッダルタは、お付きの者に「私もあのようになるのか?」と問い、「はい、誰でもあのようになるのでございます。王子さまもあのようになります」と聞かれて、たいへんな衝撃を受けられているのです。シッダルタは、その事実にしっかりと向き合われ、出家されるのです。

 どれだけ目をそらしても、まわりから“これでもか!これでもか!!”と知らされます。いい加減にすませられません。蓮如上人は「後生の一大事」だと言われます。
 「一大事」であるという言葉の重さは、感覚的なところで反応するな、わが心にまかせるな、とのおさとしです。

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