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2011年1月31日 (月)

自力作善は弥陀の本願にあらず

  そのゆゑは、自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむ
  こころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、
  自力のこころをひるがへして、他力をたのみたてまつれば、
  真実報土の往生をとぐるなり。
    (『歎異抄』第三章)

 悪人でさえ往生するのに善人が往生するというのはいうまでもないという考えが、阿弥陀さまの本願のこころにそむくという理由を述べられます。

 自力作善の人とは、善根を自らの力で積もう、積めると思っている人です。つまり自分こそが善なる人と思っている人でしょう。
 親鸞聖人は、自力について、『一念多念文意』のなかで、「自力といふは、わが身をたのみ、わがこころをたのむ、わが力をはげみ、わがさまざまの善根をたのむひとなり」(註釈版p.688)と述べられています。はっきりした自信があるわけではなくても、また往生浄土の展望があるわけでもないのですが、なんとかしよう、なんとかしたいという思いの現れです。自力をくり返しても挫折の思いをいだいたり、時には病気をしたり、歳を重ねることによって、力のなさを感じることもあります。しかし生きるということは、自分の力を頼りにして頑張ることだと自ら勇気づけるのです。

 自力に対する言葉として使われる他力は、自分の力を助けてくれる自分以外の力と考えていています。その力に頼ることは自分の力を放棄してしまったダメな奴、弱い人だというのが世間一般の見方です。まさに「他力本願」というのはそういう使われ方をしています。ここのところの間違いだけははっきりしておかねばなりません。他力は自分以外の力という漠然とした、汎用的な使われる力ではありません。たったひとつ、阿弥陀さまのはたらきでしかないのです。親鸞聖人の『一念多念文意』のなかで示された自力を根底からくつがえすはたらきです。私に、わが身の無力さを知らせ、わがこころが頼りにならないことを示し、わが善根というのは不純で罪悪さえをも抱えていると教えているのが他力なのです。
 この他力をたのむこころを欠いているあいだは、阿弥陀さまの本願が私に届くことはありません。それは他力をたのむこころを拒否しているのは私でしかありません。その拒否は自力がはたらいているからです。その自力をひるがえさないと、私は他力を受け取ることができません。

 親鸞聖人は自力を捨てて、他力をたのめと説かれています。だからといって、簡単に他力に頼ることができません。他力を頼りにしようという私のはたらきは自力です。

 私たちは自力、他力をこの世のありようとして考えるから、正しい教えが聞けないのです。もう一つは、正しく教えが聞けないのは、自力も他力も自分を中心にして考えるからでしょう。
 仏法は、阿弥陀さまの教えですから、阿弥陀さまのこころを聞くしかありません。阿弥陀さまが私を見てくださってできた教えです。これこそ「親の心、子知らず」です。

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2011年1月30日 (日)

善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや

  善人なほもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや。しかるを
  世のひとつねにいはく、「悪人なほ往生す。いかにいはんや
  善人をや」。この条、一旦そのいはれあるに似たれども、
  本願他力の意趣にそむけり。
    (『歎異抄』第三章)

 『歎異抄』のなかでは、もっとも多くの人が聞いた、あるいは読んだことのあるお言葉ではないでしょうか。一般には「悪人正機説」と言われています。

 「悪人でさえ往生する。まして善人が往生するというのはいうまでもない」というのが世間一般の考え方でしょう。往生するのは善いことをした人というのが、誰にもわかりやすい考え方です。これは親鸞聖人の時代も、今日の社会においても同じです。
 それは世間ではわけのあることのようだけれども、「本願他力の意趣にそむく」、つまり阿弥陀さまの本願の他力にもとづく救いという主旨からすればはずれている、というのです。
 冒頭で、阿弥陀さまの救いは「善人ですら往生できるのだから、まして悪人が往生できないことはない」と、親鸞聖人は示されています。

 ここで問題になるのは、「善人」と「悪人」です。「善人」は自分の力を頼って、善行を行う人のことです。善行とは、往生極楽のための功徳となるような仏像を造ったり、寺を建てたり、そのほか写経、荘厳、読経、供養をするといった行為です。現代日常生活における善なる考えや行い、つまり社会や他人のために何からの力を提供する、施しをするということではありません。あくまでも仏法に関わる善、宗教的な善であるということをしっかりと押さえておくことが必要です。
 一方、「悪人」は、自分の煩悩を自覚して、自分の力を頼りきることができなくて、阿弥陀仏の力にすがる人、まかす人のことです。ここでも、道徳的な悪を言っているのではありません。宗教的な悪であることに注意しなければなりません。

 この世の善悪から一歩もでることができないのは、この世の宗教的善悪への認識すら持ち得ないところにあります。自分中心にしかものごとを考えることができず、自分の力を唯一の頼みにして行動することしか考えないから、この章が読めないのです。

 宗教的な善悪の道理がわかったところで、宗教的な善人あるいは悪人になることは容易なことではありません。
 現代人にとっては、常識で理解できるであろう道徳的な善や悪さえもわかりづらい時代になっているからではありません。何よりも宗教的な道を求めようとしないからです。

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2011年1月29日 (土)

面々の御はからひなり

  このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、また
  すてんとも、面々の御はからひなりと云々。
    (『歎異抄』第二章)

 このように「愚身」に届いた阿弥陀さまの本願であるけれど、それはたまたまのご縁がはたらいて、そのようにわたしがいただくことができたことです。みなさんひとり一人の上にも、同じように阿弥陀さまがはたらいてくださっているのです。
 しかしその願いを受け取って,念仏するも、またその道を歩まずとも、それはそれぞれが歩まれる道ですから、そのことに関して私はとやかく言うことはできません、と最後に締めくくられるのです。

 日常生活のなかで、自分の思いを他人に勧めようとします。決して悪気があるわけではなく、むしろそのことによってよろこんでもらえる、幸せを感じてもらえる・・・という殊勝な心である場合もあるでしょう。
 しかしそれぞれが持っている「業」は、私と同じではありません。私と同じ思いでおられるわけではありません。阿弥陀さまの願いでさえも、無視する人もいるでしょうし、頭で理解はするけれど心の底で疑い続ける人もいるでしょう。なかには誹謗中傷する人さえもおられるかもしれません。私の思いのところでは、そこで善い人悪い人とか、好きな人嫌いな人などといった分別をするのです。
 ここまで一生懸命になって、“あなたのことを思ってやっているのに・・・・”などと、実に恩着せがましく見せつけるのです。どれだけ自分がエライと思っているのでしょうか?

 親鸞聖人は、ひとり一人の「業」をしっかり認め、阿弥陀さまの念仏、自分が救われた念仏のの重さや尊さをていねいに伝えられます。しかしそれは自分の手柄ではありません。阿弥陀さまの願いであり、はたらきです。
 あまりに深く踏み込むことは、また我執が入り、煩悩をかき立てることになります。最後には自己満足や損得の領域に足を突っ込むことにさえなりかねません。

 「面々の御はからひなり」。私の欲のかかった事象に関わることであれば、また自分の深い関わりのある人に対しては、決して言える言葉ではありません。「自分の思うようにしたらええわ」なんて言うときは、相手の人の自由を尊重した深い愛情の表れたときか、自分の思い通りにならないことを感じて相手に愛想をつかして投げ出したときのどちらかじゃないでしょうか。
 阿弥陀さまの願いを私の心で信じるもののようにみえますが、不思議のご縁で阿弥陀さまから賜わるものです。自分の力で称える念仏のようにみえますが、阿弥陀さまの心をいただいて称えずにはおれないのが念仏です。
 わが心の問題ではあり、わが心にはたらきかけてくれる念仏でありながら、わが思いが混じることのないのが念仏です。阿弥陀さまと向き合うことによって知らされる心です。

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2011年1月28日 (金)

愚身の信心におきてはかくのごとし

  弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なる
  べからず。仏説まことにおはしまさば、善導の御釈虚言
  したまふべからず。善導の御釈まことならば、法然の
  仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が
  申すむね、またもつてむなしかるべからず候ふか。詮ずる
  ところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。
    (『歎異抄』第二章)

 私たちの日常的には、もし私の言うことがほんとうなら、法然聖人のおっしゃったことは間違いないことであり、善導のお言葉にもまことだということです。善導のお言葉にウソがないということは、お釈迦さまの説教は正しいと言うことであり、弥陀の本願が正しいと言うことになる・・・・、という論理のたて方をするでしょう。常に、私を基点としてものごとの正否が決められるのです。
 ところが、親鸞聖人は、間違いのないものは私の思いや言葉であるのではなく、「弥陀の本願」だと、基点をここにおいておられるのです。そうでなければ、親鸞聖人の教えはあり得ません。
 絶対間違いのない「弥陀の本願」を説かれたのがお釈迦さま、それが仏説となってお経となり、七高僧を通して法然聖人そして親鸞のところに届いた。すべて「弥陀の本願」をそのままいただいたに過ぎないのであると表明しておられるのです。

 親鸞聖人はご自身のことを「愚身」とおっしゃっておられます。実は賢いんだけれど、みんなの前でへりくだっているだけでは・・・・?というのではありません。比叡山で学問的にすぐれた高僧たちや、厳しい修行をやり遂げる修行僧たちを見てこられたでしょう。でも、ご自身はそうはできなかった。劣等感も感じ、自身を卑下することもあったでしょう。比叡山に身を置きながら、暗やみの出口の見えないことにおそろしさや絶望感さえ感じられたかもしれません。
 何もできない愚かな身の上を待っている阿弥陀さまがおってくださった。自分では気づかなかったけれど、念仏によってまちがいなく浄土に往生させていただく道が敷かれていた。そこを法然聖人によって気づかせてもらった、というよろこびでしょう。
 阿弥陀さまの願いは、突然私のところにやってきたのではなく、お釈迦さまがおでましになり、長い時間、長い距離を経て、またそのなかで七高僧をはじめ多くの人びとの手を煩わせて、いまようやくこの愚身のところに届けていただいた。私が何をしたわけでもない、届けていただいたものをそのまま申しあげているだけであって、何を付け加えたわけでもないのです。それが私の信心の中身なんですよ。
 親鸞聖人のそんな思いを感じるのです。

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2011年1月27日 (木)

とても地獄は一定すみかぞかし

  念仏は、まことに浄土に生るるたねにてやはんべらん、
  また地獄におつべき業にてやはんべるらん、総じて
  もつて存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされ
  まゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに
  後悔すべからず候ふ。そのゆゑは、自余の行もはげみて
  仏に成るべかりける身が、念仏を申して地獄にもおちて
  候はばこそ、すかされたてまつりてといふ後悔も候はめ。
  いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定
  すみかぞかし。
    (『歎異抄』第二章)

 関東の同行たちは、次にふたたび、親鸞聖人から驚くべき言葉を聞くことになります。
 先に親鸞聖人は、念仏よりほかに往生のみちを知らないと述べられています。「その念仏は、ほんとうに浄土に生まれるタネなのか、地獄に堕ちるべき行為なのか、そんなことは知らない」とおっしゃったのです。
 頼りになる確かなものをつかみたい、自分自身が納得するものを得たい。これが私たちの心の底にある思いです。学問によって満足しようとするのも、親鸞聖人からお言葉をいただいてその言葉に頼ろうとするのも、あるいはこれが間違いのない信心であるという確信をいだくまで聞かねばならないと思うのも、ある面では同じことではないでしょうか。
 親鸞聖人は、そんな阿弥陀さまの願いの確信から離れたものをを頼りにすることをバッサリと切り捨てられます。“理屈ではない”“凡夫の言葉でもない”ましてや“わが思いではない”と叫ばれているようです。

 親鸞聖人は、法然聖人に聞かされ教えられてきたことをそのまま受け取られたというより、自分の求めてきたものすべてを「よきひと」法然聖人にすっかり預けられたのです。そのゆくえが地獄であろうとも後悔はしないとさえ言い切っておられます。

  源空勢至と示現し  あるいは弥陀と顕現す
  上皇・群臣尊敬し  京夷庶民欽仰す
    (『高僧和讃』註釈版p.597)

 このように、親鸞聖人がもっておられた法然聖人観は、一人の人間としての法然(源空)というより、「勢至菩薩」であり「阿弥陀仏」であられるのです。長い間、生死いずべきみちを求めてこられた親鸞聖人が、その法然聖人によって導かれたのは、本願を信じ、ただ念仏するということに尽きるのです。
 長い期間、懸命にとりくんできた修行や勉学さえも、ご自身にとっては救いにはならなかった。「いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」というのが、親鸞聖人の行き着いた世界であったのです。それゆえ、念仏することで地獄に堕ちたとしても後悔することはないという思いは、道を求めてきた親鸞聖人にとっては、最終的な腹の据わりであったのです。

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2011年1月26日 (水)

ただ念仏して、弥陀にたすけられまゐらすべし

  親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまゐらす
  べしと、よきひと(法然)の仰せをかぶりて、信ずるほかに別の
  子細なきなり。
     (『歎異抄』第二章)

 弥陀の本願は一切衆生を救いたいという願いです。“すべてのいのちあるもの”を救いたいという阿弥陀さまからの願いをいただく(受け取る)側からすれば、「私」に向けられた願いであることをしっかり肝に銘じなければなりません。「私」に向けられていることを受け取ることができなければ(疑い続ければ)、私だけが“すべてのいのちあるもの”にかけられている願いさえもとどかないことになってしまうのです。

 私たちは自分の思いを達成するためには「私」のことしか考えてはいません。ところが、阿弥陀さまの願いについては、「私」を外して考えてしまっているのです。つまり、私にかけられた願いを、他人事としてしか聞いていないのです。
 両親や夫あるいは妻、さらには自分の子どもたちが救われてほしいという、やさしい心を抱いてる人はとても尊いものです。でも、そのまえに「私」のところに阿弥陀さまのこころが届き、「南無阿弥陀仏」となってはたらいてくださっていることを「私」の身に受け取らせていただくのです。そのために、私はこの世に生まれさせていただいたのですから。
 わが身に本願を受け取らせていただくことなく、仏法は大事だとか、親鸞聖人は立派なお方だとか、お寺にお参りしましょうとか、などと言うのはむなしく聞こえてしまうに違いありません。

 ここでは、「親鸞におきては」ときわめて主観的な思いを述べられます。しかし主観的な思いの内容は、「ただ念仏すれば、阿弥陀さまにおたすけにあずかるのが当然であるという、師・法然聖人のおっしゃったことをそのままいただいて、信ずるより他に別の理由はありません」という無私のご自身の披瀝です。

 「よきひと」とは法然聖人のことです。阿弥陀さまに後生をまかせて念仏することを教えて、苦になっていた後生のゆくえを、往生浄土しかないとはっきりと示してくださった仏法の師です。この世で五欲を満足させてくれるから尊敬する、恩を感じるという次元の人ではないのです。

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2011年1月25日 (火)

念仏よりほかに往生の道を存知せず

  しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し、また
  法文等をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめして
  おはしましてはんべらんは、おほきなるあやまりなり。
  もししからば、南都北嶺にもゆゆしき学生たちおほく
  座せられて候ふなれば、かのひとにもあひたてまつりて、
  往生の要よくよくきかるべきなり。
    (『歎異抄』第二章)

 親鸞聖人が関東在住のおり、念仏より他に往生の道はないと聞いておられたに違いありません。しかし聖人が京都に帰られてからは、教えを聞くポイントが少しずれていたのでしょう。その後も、関東の僧侶・同行たちは安心(あんじん:真宗の信心)について、親鸞聖人と手紙によるやりとりをされていました。手紙では時間がかかりますし、やりとりできる情報量も限られています。そこで関東の同行たちのなかに、意を決して京都に親鸞聖人を訪ね、自分たちの持っている問いを直接確かめたいという思いをもたれていたのでしょう。そしてようやく親鸞聖人に会い、往生極楽の道を聞くこととなりました。
 親鸞聖人は「私が念仏よりほかに往生の道を知り、その根拠になるようなお経の文句を知っているだろうと思っておられたら、それは大きな誤りです」とおしゃったのです。つまり、念仏より他の往生の道も知らないし、根拠になるお経の文句も知らないということです。関東からやってこられた同行にとっては、期待はずれの言葉だったかもしれません。

 親鸞聖人は比叡山で修行、勉学を積み重ねられましたし、このときにはすでに『教行信証』を書き上げておられます。仏教の教えの根拠をお経に経典を求められてきました。にもかかわらずこのように答えられたのです。
 さらに「学問としての仏教なら、奈良や比叡山にはとてもすぐれた学者たちがおられるので、それらの人にあって往生の要点をよく聞かれたらよいでしょう」とも言われたのです。

 南無阿弥陀仏しかない、念仏のみぞまこと、称名念仏すべきものなり・・・と聞かされても、もっと知りたい、もっと聞きたいと思ってしまいます。頭で納得したいのです。そしてもっと安心したいとも思います。そのため、宗学、教学を学び、勉強しなければ・・・と思ってしまいます。しかし、知識をどれだけ蓄えたところで、そこには浄土往生はありえない、と明確にされているのです。

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2011年1月24日 (月)

身命をかへりみずして

   おのおのの十余箇国のさかひをこえて、身命をかへりみずして、
   たづねきたらしめたまふ御こころざし、ひとへに往生極楽のみちを
   問ひきかんがためなり。
      (『歎異抄』第二章)

 親鸞聖人を訪ねて、関東から同行たちがやってきました。単なる表敬訪問ではなく、「極楽往生のみちを問ひきかんがため」にだけ京都までやってきたのです。
 仮に、常陸(茨城県)の同行たちであると仮定すると、下総(千葉県)、武蔵(埼玉県・東京都)、相模(神奈川県)、伊豆(静岡県)、駿河(静岡県)、遠江(静岡県)、三河(愛知県)、尾張(愛知県)、伊勢(三重県)、近江(滋賀県)の十余箇国の境を越えて京都に来られたことになります。距離にすれば500~600キロメートルでしょうか。この距離をおそらくひたすら歩いてこられたのです。2週間はかかるでしょう。おそらく、いま、私たちがアメリカやヨーロッパに行く以上の覚悟と体力が必要であったに違いありません。まさに「身命をかへりみずして」訪ねてこられたのです。

 おそらく親鸞聖人が関東にご在住のとき、聖人の話を聞かれた同行もおられるかもしれません。当初は興味半分、半信半疑で聞いていた話が、わが身にかけられた阿弥陀さまの願いの大きさを聞くにつけ他人事とは思えなくなっていったのでしょう。その阿弥陀さまの世界に生まれるための道を、聞きたい、聴かねばならないと命をかけられたのでしょう。
 仏法を、この世を生きるための手段として聞いたり、大事なことと思いながらもチャンスがあったら聞こうという思いばかりでなかなか聞けない人は少なくないでしょう。また、小さいときから仏法を聞くことが習慣のようになっていたという人もいるかもしれません。しかし、「身命をかへりみずして」仏法を聴こうという人などめったにいないでしょう。
 親鸞聖人を訪ね来た人たちの思いは、「ひとへに」です。ただ往生極楽の道を問うだけだけに足を運ばれたのです。他に何も考えることもなく、ひたすら、一途に仏法を求めて来られたのです。その思いは、尋常ではないことをうかがい知ることができます。

 関東からの同行たちと会われた親鸞聖人は、しばらく話を聞いておられたのでしょう。そのあと、同行たちの話した内容と思いを同行たちに返しておられるのです。しっかりと同行たちの思いを受け止めてから、同行たちの問いに答えられるのです。

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2011年1月23日 (日)

念仏にまさるべき善なきゆゑに

  しかれば、本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、
  念仏にまさるべき善なきゆゑに。悪をもおそるべからず、
  弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑにと云々。

    (『歎異抄』第一章)

 私たちは日常生活のなかで、善悪にこだわります。当然のことながら、「善は良し」と思っています。そのことは3歳の子どもでも知っていますが、そのことを深く了解し、豊かな人生経験があってもなかなか実行するというのは難しいことです。善なる行為のとともに、自分を持ち上げよう、他人に善くみせたいと思う心は、善なる行為を利用する心でしかありません。
 その一方、自分の悪には目をつむり、自覚したとしてもなかなか悪をやめることができないのに、他人の悪は厳しく問い詰めます。犯罪容疑者に対してさえ、悪者と決めつけ、心のなかで冷酷な裁きをおこなっています。仮に犯罪容疑者と立場が変わったとすれば、自分は冷静沈着に廃悪修善の道をとることができたか・・・などと問うことはありません。

 そんなに難しく考えてもしかたがない。小難しく考えるからみんながそっぽを向くのだ。善という価値をもっと肯定的に考え、実践すればよいではないか・・・、という人は少なくないでしょう。確かに理屈を言わず、単純なのがわかりやすい。善という価値観を否定する人はだれもいないのですから。
 ところが、「本願を信ぜんには、他の善も要にあらず」と記されています。阿弥陀さまの願いを信ずるのに、この世の善は必要ないのです。私が起こす善はいらないのです。それは往生にとっては大切なことではないということでもあります。大切なのは阿弥陀さまのこころであり、はたらきです。その阿弥陀さまによって成就されたはたらきこそが念仏です。

 「念仏にまさるべき善なきゆゑに」ですから、最上、最高の善が念仏することなのです。この言葉のもつインパクトは、私にとってはとても大きいものです。その驚きは、次の「悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑに」という言葉にも続きます。どちらの考え方もこの世の常識の範疇にある言葉ではありません。
 これらの言葉は、いずれも躊躇するところがありません。自信に満ちて言い切っています。何が善かわからないまま「善は良し」というより、「念仏にまさるべき善なきゆゑに」「弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑに」の方が、はるかに具体的であり、かつ簡潔です。
 また、ここには、阿弥陀さまへの絶対的な信頼感、完璧にまかせきった心があります。自分の悪を認知しているか否かということを確かめる必要もありませんし、悪を深く認識していたとしても恐れる必要もありません。一番の悪は、仏法を聞かないことであります。それは念仏しないこと(できないこと)でもあります。

 うわべだけを繕って、自分の罪悪を振り返ることなく、ほんとうの自分から逃げるようにして気ままな日々を過ごしてゆく私ですが、つねにほんとうの私は見られているのです。私はつねに阿弥陀さまのスポットライトをあびて、生かさせていただいているのです。何を思おうと、どのようなことを演じようとそれはまかされています。
 ただ本願を聞きひらき、念仏することだけを待っていてくださっているのです。

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2011年1月22日 (土)

ただ信心を要とす

  弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、
  ただ信心を要とすとしるべし。そのゆゑは、罪悪深重・
  煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にまします。

    (『歎異抄』第一章)

 ここの「弥陀の本願」は、先の「弥陀の誓願」と同じです。その願いは年齢も、善い人も悪い人も関係なく等しくかけられています。
 蓮如上人の『御文章』のなかに次のような一文があります。

  そもそも、その信心をとらんずるには、さらに智慧もいらず、
  才学もいらず、富貴も貧窮もいらず、善人も悪人もいらず、
  男子も女人もいらず、ただもろもろの雑行をすてて正行に帰する
  をもつて本意とす。その正行に帰するといふは、なにのやうも
  なく弥陀如来を一心一向にたのみたてまつる理ばかりなり。
  かやうに信ずる衆生をあまねく光明のなかに摂取して捨てたまはず
  して、一期の命尽きぬればかならず浄土におくりたまふなり。
    (『御文章』註釈版p.1119)

 信心をいただくのには智慧も才学もいらない。富貴も貧窮も関係ない。善人とか悪人ということも問われないし、性別も関係ない・・・・と、何も条件が付けられていないのです。
 私たちが社会的な常識として頭の中に描いているものとは一切かかわりなく救われていくということです。親鸞聖人や蓮如上人の時代では常識破壊だったでしょう。それはこの時代においても非常識なこと、あきれはてた言いぐさとさえ受け取られるかもしれません。私たちの幸せのために、努力し、積み上げ、現状よりもよりよい条件を整えてゆくという価値観とは正反対のものです。

 それでは必要なものは何か。親鸞聖人は「ただ信心を要とす」と述べておられます。問題になるのは信心があるか否かということだけです。この信心とは、昨日述べた阿弥陀さまよりいただいた信心です。揺らぐことのない阿弥陀さまのまことのこころです。
 蓮如上人は「雑行を捨てて正行に帰する」とおっしゃっています。つまり我執より生ずる行いはもちろんこと、正行ではない行(諸善万行)を捨てよと示されています。必要なのは正行のみです。正行とは、「なにのやうもなく弥陀如来を一心一向にたのみたてまつる理ばかりなり」なのです。
 阿弥陀さまを一心一向にたのむことができるのは、阿弥陀さまに対して絶対的な信頼を寄せるからこそできることです。そこで、往生浄土に対して、私が何とかしてみせるという思いを起こすことを真っ向から否定していることでもあります。阿弥陀さまに対しては無条件にまかせよというお達しでもあります。
 ところがなかなかそう簡単にはいきません。もっと自分を高めたい、何とかなるに違いないとしゃかりきになってしまうのです。

 個々の能力や努力によってつくり出すのではなく、この信心が阿弥陀さまからいただくものであれば、分け隔てなく同じ信心がだれにも与えられています。にもかかわらず、「ただ信心を要とす」と示しているのは、信心のない人がいるということです。阿弥陀さまが信心(まことのこころを)が届いていないことを示しています。無条件で与えようとされている信心であるにもかかわらず、信心のない人がいるということは、それを受け取っていないということでしょう。無関心であったり、疑いがあるということです。もっというなら、もらったのかもらってないのかわからない・・・というあいまいなものでは困ります。

 その理由は、「罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願」であるという。罪悪は深く重い、煩悩は燃え盛るというのです。善いことをして埋めようとしても埋め尽くせない罪悪であり、消そうとしても消えることのない煩悩です。
 罪悪や煩悩について、“良心”といわれるものにより気にはしつつも、見て見ぬふりをしてサラリと通り過ぎてゆきます。通り過ごしても解決がつくわけではありません。むしろ罪悪にふりまわされ、煩悩に悩み苦しみ続けてゆくのです。かといって、ありのままの罪悪や煩悩を徹底的に暴き出していくことなど、怖ろしくてできることではありません。いずれにしても出口はありません。
 だからこそできあがった阿弥陀さまの誓願なのです。怖ろしくてだれも触ることすら避けようとする罪悪、煩悩をすべてそのまま引き受けようという誓願でもあるのです。

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2011年1月21日 (金)

弥陀の誓願不思議

  弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をば
  とぐるなりと信じて念仏申さんとおもひたつこころの
  おこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめ
  たまふなり。

    (『歎異抄』第一章)

 阿弥陀仏という仏さまは、最初から仏さまであったわけではありません。法蔵菩薩という修行者でした。修行者といっても、自分のための修行をするのではなく、すべての人を救いたいという思いをもっておられました。長い長いその願いは四十八願として立てられました。
 すべての人を救うのですから、救われてゆくであろう人にあれこれと条件を付けるわけにはいきません。そこで法蔵菩薩は自らに条件を付けます。もしすべての人を救うことができないなら、私は仏にはならないと。
 この願いは思いつきではありません。かならず成就させるという誓いでもあるのです。それゆえ「誓願」とも言われます。

 人間として輝くようなすばらしい思いや行為をする人は少なくありません。しかし自分を差し置いて、すべての人のためにいつまでも願いはたらき続ける人はいません。いつまでも願いはたらき続けることができないのです。限りがあるからです。
 法蔵菩薩は阿弥陀仏となられました。つまり四十八願(=誓願)が成就したので、阿弥陀仏となられたのです。こちらから願うこともないのに誓願をたて、それを成就するためにどれだけこころをくだかれたことか。どれだけ厳しく長い御修行があったか、私たちには理解することはできません。理解することができないから、とても軽く考えてしまっているのです。人間の思いやはからいを超えているから、人間の頭ではわからないことなのです。それゆえ「不思議」と言うのです。「不思議」という言葉でしか表すことができないのです。

 その不思議にたすけられ、往生をとげることができるのです。しかし思議できないこと、考えることができないことを信じるなんてできるわけがありません。そんなことは阿弥陀さまにはわかっていることです。すべての人を救おうと誓われ成就したのですから。だから世間一般に言われているような「信心」を持て、といわれているのではありません。
 阿弥陀さまは、私が信じる心さえもつくりあげ、私に与えようとされているのです。法蔵菩薩の誓願が成就しているのですから、阿弥陀さまとなられたのです。阿弥陀さまは願いを成就している仏さまなのです。つまり私は救われることは間違いありません。しかし私はそのことに気づくことなく、脳天気に浮き世の欲にまみれ、我執いっぱいに生きることから離れられないのです。

 私が自ら思いついて念仏しましたか? あれこれ考えて念仏が出ますか? 念仏を称えることに抵抗し、拒否し続けてきたではありませんか。
 一般には合掌することにさえ抵抗する人がたくさんおられます。ましてや念仏を称えることには、浄土真宗の門信徒と名のっていてもなかなか出てくるものではありません。

 まず形だけでも合掌し、念仏することを教えてもらってきたではありませんか。そんなことをきっかけにして、阿弥陀さまから信じる心をいただいて、念仏する心もいただいたのです。私の力も思いも無いのに、阿弥陀さまの願いとはたらきによって念仏するまで育て上げられてきたことをあらためて知らねばなりません。
 たかが念仏を称えることですが、ちょっとやそっとで称えられる念仏ではないのです。たかが念仏を称えるというその心がはたらくときが「念仏申さんとおもいたつこころのおこるとき」です。私の心でありながら、阿弥陀さまの心がはたらくときなのです。

 阿弥陀さまの心がはたらくときこそ、「摂取不捨の利益にあづけしめたまふ」のです。私は、阿弥陀さまのこころに摂め取られ決して捨てられることはないということです。
 私たちも納め取るものはたくさんあります。できるだけ欲深く納め取ろうとするのが私たちです。摂取不捨は阿弥陀さまのはたらきです。それは私のための利益なのです。

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2011年1月20日 (木)

『歎異抄』を読みましょう

 『歎異抄』は、おそらく日本の宗教書のなかではもっとも多くの人に読まれている書物の一つではないでしょうか。書名に「歎異抄」と付けられた書物を本屋ホームページから検索してみると、紀伊國屋で266種類、ジュンク堂で261種類、文教堂で263種類、丸善で224種類、楽天ブックスで220種類、・・・となっており、現時点で二百数十種が流通しているようです。(アマゾンでは1400種類以上がヒットしましたが、流通していないものや、関係のないものもかなり拾っているようです)
 1冊の本をもとに、註釈、研究、解釈、紹介、随筆、等々として出版されている本は、他にあるでしょうか?

 私が初めて『歎異抄』という本の存在を知ったのは中学生の頃だったでしょうか。しかしその頃は読んでもピンとくるものは何もありませんでした。その後、高校の「倫理」では第三章が出てきましたが、感動したというような印象はありません。高校の時、真宗の僧侶で英語の先生であった石川先生が『歎異抄』の輪読会をされており、そこに出席させてもらいました。『歎異抄』の内容について、どのような話をされたのかよく覚えていませんが、石川先生は最初に次のようなことをおっしゃいました。
 ”『歎異抄』というのはおもしろい本で、読む年齢によってその味わい方が違う。『歎異抄』は親鸞聖人の晩年のお言葉だから、その年齢まで私も生きたい”と。石川先生は、いまもご存命ですから、あらためて現在の『歎異抄』のお味わいをお聞きしたいと思うのです。

 『歎異抄』を、自らの意志で読もうと思ったのは、本願寺の成人式に出たとき、赤い表紙の『歎異抄』をいただきました。原文と現代語訳が書かれている小冊子です。それを何度も何度も読みました。その後、思い出したように『歎異抄』を何度も読んできました。また、解釈、紹介、随筆の類の本も読んできました。『歎異抄』をめぐって法話をさせてもらったこともあります。
 しかしここ数年、『歎異抄』を読んでいません。ひさしぶりに読んでみたい、そして文章化してみたいと思うに至っています。

 現代語訳は、いろんな人がそれぞれの立場や思いをもってなさっています。文庫本の『歎異抄』であれば500円前後から入手できますので、各自で確認してみてください。

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2011年1月16日 (日)

”コメントのしようがない”人へ

 「畢竟依に帰命せよ」の読者から、コメントのしようがないと言われたことがあります。どのような意味か、わからないまま今日に至っています。
  1)あたりまえすぎて、コメントのしようがない
  2)まったく同じことを思っているからコメントのしようがない
  3)アホらしくてコメントのしようがない
  4)何を言っているのかわからないからコメントのしようがない
  5)自分の信のあやふやさがバレたら困るのでコメントのしようがない
等々のことを考えていました。しかしコメントのしようがないことなどいうことはあり得ないと思うのです。
 「おもしろかった」「つまらなかった」「わからなかった」などのコメントはできます。もう少し正確に言うなら、上記の1)~5)は、「コメントのしようがない」ではなく、「コメントしたくない」もしくは「コメントするつもりはない」ということなのでしょう。これならとてもよくわかります。

 文章を読めば、あるいは話を聞けば、その振幅の大小があったとしても心は動きます。動いた心を敏感に感じてキャッチすることは、訓練によってその感度が増します。人の言葉に深く感動できるというのは、そんな訓練を意識的に、あるいは無意識のうちに訓練してきたたまものだという気がします。それは仏法を聴聞の上でもたいへん重要な訓練なのです。
 さらに、その感じたことをいかに上手に言葉にできるかということ(話すこと、書くこと)も、仏法聴聞の上から大切なことです。ただ一朝一夕にできるものではありません。

 ただ、上記の5)については、かなり自分の信心のありようが自覚されている人でしょう。このようは人は、同時にジーッとしているだけでは何も変わらないことを自覚しなければいつまでたっても足踏み状態でしょう。
 蓮如上人の次のお言葉は、そんな人たちにはまことに厳しいものです。仏法讃談の場における厳しい指導だといただきます。

  仏法談合のとき物を申さぬは、信のなきゆゑなり。わが心に
  たくみ案じて申すべきやうに思へり。よそなる物をたづね
  いだすやうなり。心にうれしきことはそのままなるものなり。
  寒なれば寒、熱なれば熱と、そのまま心のとほりをいふなり。
  仏法の座敷にて物を申さぬことは、不信のゆゑなり。また
  油断といふことも信のうへのことなるべし。細々同行に寄合ひ
  讃嘆申さば、油断はあるまじきのよしに候ふ。
   (『蓮如上人御一代記聞書』註釈版pp.1296-1297)

 今年に入ってから、ある人と話をしていたら、コメントのしようがないということがあるということに気づきました。それは、
  6)読んでいないからコメントのしようがない
というものです。ブログを毎日見に来てくださっている人はいるけれど、読んでくれている人はいない。これまでになく納得できる気づきでした。

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2011年1月15日 (土)

仏法を聞けない心を吐き出せ

 「法話は仏さまの話だから批評するものではない」ということを何度も聞かされました。「法話は人の話を聞くのではない、人を通して仏さまの心を聞かせていただくのだ」とも聞きました。
 仏さまの話は、私見を交えず素直な気持ちで、そのまま聞けばよいのです。理屈を聞くのではありません難しい言葉にとらわれず、阿弥陀さまのおこころを聞くのです。理屈を知る必要などありません。阿弥陀さまのこころをそっくりそのまま、素直に「はい」と受け入れればいいのです。

 そう聞かされることに納得する反面、もう半分の私の気持ちとしてわき上がってくるものは、それが仏さまの話であっても、受け付けることはできないというものでした。受け付けることができないというほど強くなくとも、なんとなくしっくりしなかったり、他人事のようにしか聞こえなかったりすることもありました。
 「そういう聞き方は、自分の心を聞いているのであり、仏さまのこころを聞いているのではない」と言われればそのとおりです。でも、聞けないのですからしかたありません。自分の心をだましたり、蓋をしてわかったようなふりをするよりは、自分の気持ちに正直な方がいいに決まっています。

 ただ、そのまま放って置くことはよくありません。仏さまのこころと、仏さまの話を受け取ることができない私の心が、どこかで交わらなければ聴聞になりません。
 受け入れられないから黙ってしまう。わからないから黙ってしまう。何を言っても上から目線で話されるばかりだから黙ってしまう。面倒くさいから黙ってしまう。・・・・等々、とにかく黙ってしまうのです。これも自分の気持ちに蓋をしてしまっていることです。
 素直に聴けないことが問題ではありません。阿弥陀さまの話を聞いてしっくりこない、ひっかかるなぁというところにしっかり気づくことが必要です。しっくりこない、ひっかかるというのは、阿弥陀さまのこころを受け入れていないということであり、受け入れられないものはスーッと流しています。流してしまうということは、何も残らず忘れてしまうということです。
 聴聞しても受け入れられない、しっくりこない、ひっかかるというところに気づいたなら、心のなかにしまっておかないで、そのことを言葉にしてみることです。いろんな表現のしかたがあります。決して一様でありません。「違う」「受け入れられない」「ひっかかる」という単語の状態でもいいですから、とにかく言葉にしてみるのです。
 なかなか勇気のいることですが、「上から目線に腹が立つ」「厳しい言葉を聞いても、自分の心の内はシラッとしている」をさらけ出すことも必要です。

 仏法を聞いて思うこと感ずることを言うのは勇気がいりますが、そういうことをすること無しに、聞法は進みません。自分の心のさらけ出して、自分の心のなかにすき間を作れば、そこに阿弥陀さまのこころが入っていくのです。

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2011年1月14日 (金)

念仏に出遇ってこそ意味ある人生

 幼い頃から長年にわたって仏道を歩まれた法然聖人や親鸞聖人でさえ、南無阿弥陀仏との出遇いが容易ではありませんでした。

 法然聖人は9歳で得度し、15歳から28年間、比叡山で仏道修行・勉学をなさいました。かねてから、生死を離れることこそが仏道であるとみてとっておられた法然聖人でしたが、むしろ自身に強く執着する自分を見るばかりでした。しかしそのようなものこそを救うのが仏さまの教えであり、仏典のどこかに必ず書かれているはずであると一切経を何度も読まれます。一切経とは、お釈迦さまの教えを伝える「経」、仏教徒の行動規範を示す「律」、経や律を研究、解釈した「論」から成る仏教の集大成です。
 そして1175(承安5)年、法然聖人43歳のとき、善導大師の『観経疏』の一文に出遇うことで、心が乱れたままでも、ただ阿弥陀仏のみ名をとなえさえすれば、本願のはたらきによってかならず往生ができるという揺るがぬ信を得られ、専修念仏の道を歩まれます。おそらく何度も読まれた御文であったに違いありません。しかし43歳のときにようやく弥陀の名号(南無阿弥陀仏)と出遇われたのです。

 親鸞聖人は、9歳で出家得度され、その後20年間比叡山で仏道修行に励まれました。親鸞聖人が修行された常行三昧堂は、ご本尊が阿弥陀如来であり、堂内の阿弥陀如来のまわりを念仏を称えながら、また心に阿弥陀如来を念じながら歩く常行三昧の行を行うのだいいますから、念仏行とともに日々を過ごされていたとも言えましょう。それでも、「生死いずべき道」をみつけることはできず、比叡山を下りられたのです。
 その頃は、京都・東山吉水にて念仏の教えを説かれており、老若、男女、身分、貴賤を問わず多くの人がその教えを聞きにきており、念仏の声が絶えることはありませんでした。親鸞聖人が慈円和尚の坊舎で出家得度されたのは、1181(養和元)年でした。ということは、比叡山での修行を始められたときは、すでに法然聖人がすぐ近くで念仏の教えを説きひろめておられたのです。親鸞聖人は、それから20年間の遠回りをして法然聖人と遇われるのです。

 親鸞聖人よりも早く、市井の人びとの方が法然聖人のことをよく知っていたでしょうし、法然聖人の導きで念仏の行者となる人たちもたくさんいたでしょう。
 だからといって親鸞聖人の比叡山での20年間が無駄だったのかというと、そうではありません。法然聖人と出遭われ、生死いずべき道を説き聞かされ、阿弥陀様の心をいただかれたことによって、それまでの仏道修行・勉学がすべてが意味あるものに変わったのです。

 私たちの人生も、それぞれに山あり谷あり、だれにもかわってもらうことのできない歩みがあります。時には、感じる幸せ感に酔ってしまうこともあるでしょう。ただ酔いはいつかさめます。さめたら終わりです。次に深い谷に入り込み、自分ほど不幸な者はいない・・・と思うほどに落ち込むこともあります。そんなことが長いサイクルで、また短いサイクルでくり返すのが人生です。そしていのち終わってゆくのです。
 そのことの意味を教えてくれるのが仏法であり、そこに縛られてしまうのを断ち切ってくださるのが念仏です。念仏に出遇って、初めてそのことがわかります。念仏に出遇って、それまでの自分の人生が見えてきます。ムダに過ごしたように思う人生も、意味あるものに変えられてゆくのです。

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2011年1月10日 (月)

念仏との出遭いは容易ではない

 世間一般には、念仏(南無阿弥陀仏)のイメージは、どちらかというと“陰”ととらえられているのではないでしょうか。楽しいことやうれしいこととは無縁で、念仏を聞いた人が「縁起でもない・・・」などという芝居のセリフもたびたび耳にします。念仏は葬儀や法事など仏事に関わったときに称えるものと思われているからでしょう。もっともふだんから称えていない人は、法事などでも称えることはないようですが。
 これではまったくお経に示された正しい念仏の意味が理解されてはいません。みんな正しい教えを聞かないから、何が正しいことかわからないのです。現代の日本人がもっている仏教の知識は、積み重ねてきた世俗の経験をもとにしてできあがった自分の思いを基礎にして、自分の理解できる都合の善いところだけをつまみ食いしたものでしかありません。

 私たちが仏法を聞くということは、お経に示された正しい教えを聞くということでもあります。親鸞聖人も蓮如上人も、新しいことを言い始められたわけではなく、お経に示された教えをそのまま私たちに、わかりやすいことばに換えて伝えてくださっているだけなのです。親鸞聖人や蓮如上人が活躍された頃からずいぶん時代が経過していますから、そのことばもわかりにくくなっているのでつい遠ざかってしまいますが、近年、現代語訳などもあり、正しく聞く(読む)ことに精を出すことが必要だと思います。
 ところがお経というのは、世俗から学んだ自分の知識や経験だけでは読み切ることはできません。なぜか? お経を読んで理解できるほどの器をもっていないのですから。お経を読むためには手引きをしてくださる人が必要です。仏法聴聞はその手引きの一つでしょう。しかし仏法聴聞するにも、漠然と聞いているだけでは何年聞いても雲をつかむようなものです。
 教えの要のところにピントを合わせる手助けをしてくださるのが手引きをしてくださる人です。

 生まれてすぐに親から、親族や近所の人から、学校へ行くようになれば先生や同級生などから、さらに社会に出ると多くの先輩・同僚・後輩、等々より多くのことを教えられます。テレビ、新聞・雑誌やインターネットからも学びます。そのほとんどすべてが、世俗の知識です。それらから求めるのは、この世でいかに豊かに楽しく生きるかという知識です。まず仏法に関するものはまずありません。
 実際のところ、仏法と関わる経験や知識は浴びるように与えられているのに、そのことにはきづかないのです。仏法への手引きをしてくださる人も、私の知らぬところで、知らぬ間に大勢はたらいてくださっています。そこに気づけるかどうかが、人生のなかの大きな関門かもしれません。

 南無阿弥陀仏への出遇いは容易ではありません。

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2011年1月 1日 (土)

2011年 謹賀新年

 「畢竟依を帰命せよ」を読んでいただきありがとうございます。

 以前にも書きましたが、読者数は少しずつ確実に増えていますが、相変わらずほとんどその反応がありません。「読んでます」ということは聞かされますが、どう読まれているのかが気になるところです。いろいろ深めたいところがあったり、思い合うところを交わし合いたいという思いはあまり満たされていません。

 それでも聞こえてくる声は、やっぱり今生をいかに思うように生きるかというところにあるようです。それは驚くことではなく、とてもよくわかります。私も今生への執着には強いものがありますから。

 それならそれで、もう一つのブログを立ち上げることにしました。今生への執着をもっとストレートにあらわす方が、私にとっては楽しいことのようです。でも、どっぷり今生に浸かる気にはなれませんので、この「畢竟依を帰命せよ」を閉じるつもりはありません。いままでと同じようなペースで書けないでしょうけれど。

 これまでもあまり計画的に書いてきたわけではありません。思いつきで書いてきました。これからもそんなにスタンスが変わるとも思えません。この「畢竟依に帰命せよ」より軽く書きたいと思いますが、同じ者が書くのですからガラリと変わるはずもありません。

 ちょっと視点を変えて書いてみたいな・・・という思いを実現してみたいと思うのです。加えて、個々とは違う雰囲気をかもし出すことができたらおもしろいだろうと思います。興味がありましたらのぞいてみてください。

 「諸行無常の響きあり」  http://namoa.blog44.fc2.com/

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