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2011年9月30日 (金)

誕生日とは

 誕生日には「おめでとう」とお祝いの声をかけてもらったり、パーティをしたり、プレゼントをもらったりします。私は両親からお祝いの言葉をかけてもらったことはありますが、誕生日だからといって何か特別なことをしてもらったという思い出はありません。私はそのことに不満であったわけでも、何かを求めるということもありませんでした。

 それでも、中学生の頃だったでしょうか。私の誕生日に、家族の前で、冗談交じりに「きょうはボクの誕生日だから、みんながお祝いをしてくれる日やで」と言ったことがあります。それを聞いた父はすかさず言いました。
 「誕生日というのは、この世に産んでもらった日であり、たくさんの人に世話になってきょうまで生かさせてもらったことに感謝する日や。ほんとうなら誕生日を迎えた本人がお世話になった人に『ありがとう』とお礼を言って、パーティをして、お世話になった人にプレゼントしないとアカンのや」

 それを聞いて何も言えなくなってしまったことを、いまでも鮮明に思い出します。誕生日に「おめでとう」とかけてもらったことに対して「ありがとう」と言ったことはあります。またプレゼントをもらうと、もらったことにお礼を言うでしょう。ところが誕生日を迎えて、この世に生を受けたことに対して「ありがとう」と言ったことはありません。多くのいのちを食べ続けてきたことに感謝したこともありません。たくさんの人たちの手をわずらわせて今日に至ったことに頭を下げたこともありません。「みんながお祝いをしてくれる日」が誕生日ではないということを初めて知った日でした。

 それから何度も誕生日を迎え、そのたびに父の言葉を思い出します。自分のことしか考えず、傲慢に生きることを反省することもなく生きている自分を振り返る日が、私の誕生日でもあります。

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2011年9月28日 (水)

弥陀の本願ひろまれり

 すでに末法の時代になっているからといって、仏教の教えがなくなったわけではありません。自力聖道門の教えは、釈迦如来の次にブッダとなる弥勒如来がおでましになるまで、仏法の守護神である八大龍王の宮殿に入るとと説かれています。
 自力聖道門の教えが龍宮にはいってしまうと、末法の時代に生きる者はさとることができないのでしょうか。仏法を聞くことができないのでしょうか。

 この世で浮かれて生きる人も、この世の楽しみに浸ることが幸せなだと思う人も、苦しみ迷いの根を残したままであり、そのことに気づかずにいるだけです。次から次へと自分の楽しみを求めつづけ、そこに心を寄せ続けて生きるのが私たちの姿です。しかし求め続けて楽しみや幸せを手に入れたように思っても、それは妄想でしかありません。いつまでも長続きするものではありませんし、楽しみや幸せのすき間から悩み、苦しみ、迷い、不安がチラッと顔を出します。また些細な苦しみや迷いなどを抱えておろおろして、心の安まることがありません。
 そんな自分の姿に気づき、ほんとうの幸せってなんだろうという問いをもち、どうしたらこの悩み、苦しみから離れることができるだろうと考えることなく生きられません。また、この世に生まれ生きることの意味を考え始めたり、まことの道を求めようとする人も少なからずおられるでしょう。縁が熟せば、仏教によって迷いの雲を晴らしたいと一念発起するでしょう。そんな思いも、時代と社会が打ち消してしまうのが末法の時代です。結局、仏法を求める人がなくなってしまうのです。

 正法、像法の時代が終わり、末法の時代となっていよいよ仏法は廃れ、自力聖道門の道を歩めない時代や社会となることは、お釈迦さまには、あるいは菩薩をはじめ覚者にはわかっていたことです。それよりもっと以前に、日々悩み、苦しみ、迷い、不安を抱えておろおろする者たちこそ救われなければならないと思いを抱き続ける阿弥陀如来という仏さまがおられるのです。
 まことの道を求めようと思わなくとも、機が熟さずとも、一念発起せずとも、妄想に心奪われて救われるはずもない者こそを救うと誓い、はたらいてくださる仏さまです。

  正像末の三時には
  弥陀の本願ひろまれり
  像季・末法のこの世には
  諸善竜宮にいりたまふ
   (『正像末和讃』註釈版p.601)

 末法の時代に至っては、自ら発心して道を求める者がいなくなる。そんな時代にこそ、阿弥陀さまの願いとはたらきが輝きを増してくるのです。煩悩に眼をさえぎられていても、さえぎられているからこそ、阿弥陀さまの本願しか救われる道はないのです。
 末法の世においては、教法に示されている諸善すら龍宮に入ると示されています。たとえば、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧(六波羅密)を知っているし、善いことであることもわかる。でも徹底して実行できる人も、実行してさとりの境地に至った人もみあたりません。

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2011年9月27日 (火)

行証かなわぬときなれば

 仏教が廃れ、仏教によって眼が開かれる人が少ないということは、今に始まったことではありません。

  釈迦如来かくれましまして  二千余年になりたまふ
  正像の二時はをはりにき  如来の遺弟悲泣せよ
   (『正像末和讃』註釈版p.600)

 親鸞聖人の時代には、すでに末法の世に入っていました。社会的には貴族にかわって武士が台頭し、治安は乱れていました。それに加えてくり返す天変地異や疫病によって人びとの不安は大きくなるばかりでした。そんな状況のなかにあるにもかかわらず、奈良仏教や比叡山の寺院や僧侶は腐敗し、僧兵が大きな力を持ち退廃の一途をたどるばかりでした。つまり、政治も経済も仏教も、頼りになるどころか不安を一層駆り立てていたのです。

 お釈迦さまがおなくなりになられて二千余年経ち、正法の時代(仏陀の教えの通りに修行してさとりを得ることができた500年間)と像法の時代(正法の後の1000年間で、正法の時代の形ばかりにとらわれて真実の修行ができずにさとることができない時代)が終わります。その後に来る時代が末法の時代です。教えは残っているものの、正しい教えも修行もなくなりだれもさとりを得る人がいなくなります。その末法の時代は1万年続き、やがて滅法の時代となるといわれています。

  末法五濁の有情の  行証かなはぬときなれば
  釈迦の遺法ことごとく  竜宮にいりたまひにき
   (『正像末和讃』註釈版p.601)

 末法でしかも悪業煩悩に満ちた時代を生きる人びとが教えを行じてさとりを開くことはとてもかなうことではありません。強い意志を持って、一人で仏道を歩むことができる人、それは菩薩でしょう。たいていは、時代や社会に拘束されて生きるのです。
 現代の日本社会を、親鸞聖人と生きられた時代と比べてみると、物にあふれ、科学技術の最先端をいく電化製品や生活用品に囲まれ、世界中の食べ物を楽しみ、とても比べものにはならないほど豊かです。
 しかし末法五濁の世であるというは、今もそして800年前も何ら変わってはいません。世のなかの豊かさによって抱えている苦しみをまぎらわせているだけで、現代ではほんとうの姿を見ないようにしているだけです。

 ある日、末法五濁の身であることに気づき、そこからどれほどもがいても抜け出すことができぬことを知ることがあるでしょう。ところが、お釈迦さまの教えが尊い、教えによって救われると説かれても、行じることもさとることもできなません。「如来の遺弟悲泣せよ」と示されるまでもなく、悲しみ泣き叫ぶしかないのです。と言われてみても、悲しむことも、泣くこともなく、ただ虚仮の世間に流され、漂うことしかできないわが身がここにいるのです。

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2011年9月26日 (月)

執着する金も時間も労力も、笑い話のネタ

 いまから30年ほど前のことです。ある高台に大規模な住宅地が開発され、建売り住宅が販売されました。高台にありますから景色もよく、夏はさわやかな風が吹くとても心地よいところです。街のなかは暑くても、その高台の住宅地の快適さに多くの人が気にいって購入されました。
 そうして気に入って求めた家も、10年も経たないうちにそこを売って、違うところに新たに宅地を求める人が続出していると聞きました。その地域の大きな問題が噴出したわけでもありませんし、そこに越してきたからといって急に高額所得者になったわけではありません。夏の心地よい風も、木枯らしの吹く季節になるとその寒さに耐えられなかったというのです。

 もうひとつ。ある廟所では、これから墓地を持ちたいと思う人が訪れます。それぞれの人たちの話しを聞くと、桜が咲く季節には桜の木の下がよいと希望されて墓地を求められます。夏の暑い季節には大木の下の陰が大きいところに墓地を求められます。また冬の季節には陽当たりがよく風の少ないところに墓地を求められます。
 しかし季節が変わると花が散り、太陽をさえぎってくれた大量の葉っぱが落ちるのです。冬に風のない陽だまりは真夏になると炎天下です。日本人なら、日本に四季があることをだれもが知っているでしょう。季節の移り変わりを知っているのに、そのことをすっかり忘れてしまっているのでしょう。ですから、各家の墓地の清掃に来られたとき、木の枝を切ってほしいという要望が多く出てきますし、お盆には墓前での読経を短くしてほしいと言われるのです。

 この二つの話を笑う人がいるかもしれません。日常生活に使う食料品や日用品を買うなら失敗も許されるかもしれませんが、住宅にしても墓地にしても、いろんな面からしっかり確認・検討し、家族とともに真剣に考えて決めることでしょう。また、一生に一度か二度という大きな買い物でしょうから、慎重にも慎重を期して購入を検討するのではないでしょうか。それにもかかわらず、半年や3ヵ月先の季節の変化を読めないがゆえに、後で後悔したり、ブツブツと文句をいう対象になってしまうのです。
 何度同じことを経験しても、その時の自分の思いに縛られ、先の見えないまま、お互いに慰め合ったり、助け合ったり、争い合ったり、文句を言い合って過ごしていくのがこの世の生活です。執着するお金も、時間も、自分の労力も、みんな笑い話のネタでしかありません。

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2011年9月22日 (木)

凡夫がつくる「想定外」という限界点

 東日本大震災により、人間の力などとても及びもつかない自然の破壊力にただぼう然とするしかありませんでした。地震と津波によって、人間が営々と築いてきた歴史も街並みも暮らしも、そして多くのいのちも根こそぎ奪い去ったという気がしてなりません。
 こわさを感じる地震はこれまでに何度か経験しましたが、山村育ちの私にとっては、津波の恐さを知りません。津波というのは、潮位がせいぜい数十センチ高くなる程度という認識しかありませんでした。せいぜい思うことは、海も好きだけど、あんなに怖い津波がくる海岸沿いは住みたくない。少々不便でも、山村が静かで穏やかで暮らしやすいし、安心できる・・・などと思ったものでした。
 その矢先に、先の台風12号による紀伊半島の新宮市や五條市や十津川村の災害です。東日本大震災が地震がきっかけとなって津波が起こり、紀伊半島の災害は台風がきっかけとなって起こったものです。

 山村に限らず、日本はどこでも土砂崩れが起こって不思議ではありません。しかし今回の災害は、山が頂上部分から刃物でごっそり切り取ったように崩壊しています。
 山に降った雨は、山の木によって保水されます。それゆえ下流には一挙に水が流れ込むことはない・・・という話はジワジワと雨が降ることを前提としています。この台風12号によって降った雨が山の木の保水能力を上回っていたということでしょう。
 山の崩れ方、崩れた山によって瞬時に生まれた土砂ダム、山村における水害、などなど想定外の事態が起こったのです。

 人間は、人類が経験してきたことを積み上げてひとつの限界点を設定しています。その限界点を超えてしまうと、「想定外の事態」というのでしょう。想定外というのは起こらないことではありません。人類が経験していないことが起こりうるのです。人類が経験していたとしても記録に残っていなかったり、忘れてしまっていてうっかり油断していても、想定外の事態にいたるのです。
 東日本大震災は1000年に1回の地震だといわれていますし、紀伊半島のような大規模な山の崩壊もいつも経験するようなことではありません。だから油断するのでしょう。

 私たちは外にばかり目を向け、東北や紀伊半島でのできごとだと思っていないでしょうか。大自然の大規模災害はとても怖いことですが、私に影響がおよばなければ、ハリウッドでつくられたフィクション映画を見ているのと、感覚的にはかわらないのかもしれません。フィクション映画のようにみていることが、あすの私の目の前に明日かもしれません。足下から崩れ落ちることなどないという想定は、何の根拠もないのです。
 それよりも何よりも、死ぬことはない、老いることはない、・・・などと高を括っているのではないでしょうか。そう思うから、明日の予定も来月の予定も、そして来年の予定も10年先の予定も立てられるのです。
 「凡夫の想定外が起こるぞ」「明日の話ではない、先のできごとではないぞ」と仏法は示してくださっています。

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2011年9月19日 (月)

嫌な相手は、私と同じ

 人間関係が思うようにならなくて嫌な気分になることは山ほどあります。たったひと言によってやる気がそがれたり、腹が立って仕事すら手につかなくなったりすることがあります。そんな嫌な人間関係が継続すると、精神的にさらには身体的にも悪い影響が出てくるようになってきます。最後は社会的に生活ができなくなってしまうことさえもあるようです。
 できることなら人間関係によるトラブルは極力回避したいと誰もが思うでしょう。そのためのノウハウを紹介する書籍はあふれるほどありますし、研修・ワークショップも各地で開催されています。しかし相手があり、その相手も十人十色、百人百様ですから、なかなか思うような人間関係が築けるわけではありません。
 どんな価値観や行動規範を持っている人であっても、それらにとらわれることなく人として尊重しなければならないということは頭でわかっています。わかっていても、実際に異なる価値観や行動規範の人と出遇い、気分的に相容れることが難しいと感じ始めると、尊重し合うという精神状態でいるのは難しくなってきます。価値観や行動規範の問題ではなく、人を嫌い、人を憎むようになってしまいます。もちろん人間関係はギクシャクするのです。

 このようなギクシャクした人間関係はすべて「私」の思い端を発しており、人間関係を結ぶ「相手」の立場にたったものではありません。私が相手に対して持っている思いは、何らかの形で相手に伝わっているでしょうから、相手もよい感じをするはずはありません。
 そこでお互いに理解を深めることが大切になってきます。ところがギクシャクしたなかで、お互いの理解を深めようというのはこれまたひと苦労です。それまでに抱いた余計な思いが邪魔をして、なかなか素直な気持ちで相手と対することができません。

 どこにも確かなものがないのに、善くも悪くもどんどん自分の思いだけで、相手の姿がつくられてゆくのです。となると、人間関係の気まずさ、ギクシャクした関係は、すべて私がいつの間にかつくってしまった虚像かもしれません。また人に対するプラスの感情やよりよき関係も私がつくった架空の相手かもしれません。
 このようにして、勝手な自分の思いに思いを積み重ね、また自分の思いに惑わされて他人を見ているのではないでしょうか。

 人間のありのままの姿は、仏法で示された凡夫の姿であると、最近つくづく感じます。まことの眼によって私を見通された姿です。あまりにもズバリと言い当てられていますので、たじろいでしまって、まともに向き合うことが怖いほどです。しかしそれは、思いどおりにならなくて、嫌な気分を抱いてしまう目の前の「相手」でもあるのです。どちらも同じものを持ち合わせているのではないでしょうか。

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2011年9月16日 (金)

ゴールデンタイムのサスペンスドラマもご説法

 ゴールデンタイムにあるテレビの2時間ドラマの視聴率はとても高いそうです。その内容はたいていサスペンスドラマといわれるもので、謎解きの要素もあり、ストーリーがどのように展開するのかというドキドキ感が多くの人を引きつけるのでしょう。しかも、まったく夢幻のような話ではなく、もしかすれば私たちの現実にもそういうことがあるかもしれない・・・というリアルな設定も人気の秘密かもしれません。

 それらのドラマの内容は、殺人事件(殺生)がどこかに出てきます。一人ではなく、二人、三人と殺されるものもあります。それら殺人に至るまでには横領や強盗など(偸盗)や、男女の複雑な関係(邪淫)が絡んでいます。
 さらに事件関係者がそれぞれにウソをついたり(妄語)、言葉を飾ったり(綺語)、あっちで言うこととこっちで言うことがずいぶんちがったり(両舌)、お互いをののしり合ったり(悪口)することで事件のゆくえが混乱するのを楽しんでいます。そんな事件関係者に同情したり、腹をたてたり、こいつが犯人だと決めつけたり・・・しつつ、ドラマを楽しんでいるのではないでしょうか。
 ドラマも大詰めになると、犯人が捕まり、謎解きがおこなわれます。納得したり、トリックの巧みさに感心したりしつつドラマは終わります。それにしても犯人の事件を起こした強い欲望(貪欲トンヨク)や怒り(瞋恚シンニ)を振り返ります。そして犯人に対してはもう少し冷静になっていたら、こんな事件など起こさずにすんだのにと思い、殺された者たちも殺されない方法があっただろうに・・・などとその愚かさ(愚痴)を振り返るのです。

 ということは、人気のサスペンスドラマは、仏教の十悪をいかに組み合わせてみせるかということにすぎません。問題が最後に解決することにホッとしつつも、それまでには演じられる十悪を楽しみながら見ていたのです。事件が解決したことへの安堵感はあっても、心の底から喜ぶことのできない思いが残るのも無理はない気がします。
 そして何よりも、そういう筋書きはほぼ読めたとしても、くり返しそんなドラマをみることを楽しみにしている自分は一体何ものなのでしょうか、と問わずにはおれません。

 頭のなかで、殺生は悪、偸盗も悪、・・・さらには十悪もしてはならないことと思いながらも、それを楽しみにしているこの愚かさこそが私の正体なのです。それを教えてくれるのがサスペンスドラマです。
 仏さまの話を聞く機会がないのではありません。仏さまの話として聞く気がないのです。正面から仏さまの話を聞けば寝てしまうし、第一そんな話を進んで聞く気にはなれない。それなら形を変えて、おもしろ楽しくわが姿をみせてやろうと示してくださっているのです。それに気づくか気づけないのか、私次第です。

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2011年9月15日 (木)

生活の中で仏法に心がかかるのが称名念仏

 若いとき、念仏の声を聞くことが嫌な時期がありました。念仏のほんとうの意味を知らなかったので、無用な偏執にとらわれていたのかもしれません。そんな私がここ数年、意識して、また無意識に念仏させていただくようになっています。ご法話でも称名念仏が大事だと話させていただいています。
 ところが、この念仏を口に出して称えるということはとても難しいことです。まず、なかなか口に出てきません。口に出すことができるようになったとしても、周りの他人の存在が気になります。僧侶という役割を果たしているときは、作法や儀礼の一つとして称名念仏することは当たり前のこととして称名念仏します。そういう役割と一線を引いた一人の人間、一人の念仏者として自由自在に称名念仏することは難しいと感じています。

 ふつうに日常の生活をして、ふだんに仏法を意識していない人にとっては、作法としての念仏、儀礼としての念仏さえも、なかなか口に出して「南無阿弥陀仏」と称えることできないようです。「どうぞごいっしょにお念仏してください」と言っても、初めての人には相当な抵抗感があるようです。少なくとも念仏に対して強いマイナスのイメージがあるのでしょう。
 私の感じるところですが、東京でご縁のあった浄土真宗の門信徒の人でも、儀礼のときに小声であっても口に出して念仏できる人は、せいぜい1~2割程度かと思うのです。

 これまで聴聞を重ねておられる方は、おそらくすべての人が儀礼の称名念仏をされるでしょう。その人たちも、日常生活のなかで口に「南無阿弥陀仏」と称える人はかなり少ないという気がしています。日常生活のなかから念仏の声を聞くことは、ほとんどありませんから。
 だからといって決して無理をすることはありません。まずは儀礼の時に、少しずつ声に出して称えてみましょう。日常生活の人が気になるなら、一人の時に称えたらいいのです。念仏することを忘れるなら、手のひらに小さく「南無阿弥陀仏」と書いて、それを見たときに称えればいいのです。少しだけ工夫して、日常生活のなかで称名念仏してみましょう。

 そんななか、以下のようなメールをくださった方がおられます。

  先日の聴聞をさせて頂いてから、いつもお念仏を
  称えさせてもらっています。口の中でもごもごですが、
  仕事中でもできますので。
   そうすると、生活の中で仏法に心がかかり、自分の
  姿や行動がだんだんと気になってくるものなのですね。

 念仏することによって、「生活の中で仏法に心がかかる」「自分の姿や行動が気になる」自分が見えてきたのです。称名念仏こそが、日常生活のなかで仏法に向き合うきわめて具体的な方法である証ではないでしょうか。念仏が自身のなかではたらいている証でもあると思います。

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2011年9月13日 (火)

自分の時間を阿弥陀さまに向けてみよう

 仏教の最終目標は成仏です。間違ってはならないのは、仏に成るといっても死ぬことをいっているのではありません。仏に成るというのはさとりをひらくことです。ほんとうのことがほんとうのこととして見え、わかることです。
 さとりをひらくことができていない私たち人間は、ほんとうのことを自分勝手に都合よくねじ曲げて見ているということです。つまり迷いの境涯を生きているということです。その迷いが苦しみを生み出すのです。
 それなら、少々難しくとも仏教をしっかり勉強すれば、仏に成れるのか・・・? そうではありません。仏教をよく「知ること」より「できること」が大切です。「できること」より「成ること」ができます。仏教の言葉を使えば、「行」が大切なのです。「行」によって「成仏」が可能になるのです。

 それでは、浄土真宗の「行」は何でしょう。つまり、わが身をかけて仏に成りたいという実践には何があるのでしょうか?
 「浄土真宗には行はない」と言われます。また「行がないのではなく、私のすべき行は、すでに阿弥陀さまによって成し遂げられている」とも言われます。教えの上ではそういう説明をなされても、これから教えを聞こうとしている者にとっては頼りになる話のようには思えません。
 そこをねばって、「それでは納得がいかないから、仏に成るために私のすべきことを教えてほしい」と食いついて聞いてみてください。

 それでも「そのこだわりが教えを聞くことを妨げている」「行をすればそれで安心して落ち着いてしまうことが問題」と応えられたら、せっかくの意気込みが萎えてしまいます。だからといって、たとえば「毎日写経をしなさい」とか「瞑想して自分を深くみつめなさい」と言われたら、それはたいへんです。きまぐれで1週間程度は続くかもしれませんが、わが身わが心を楽しませることに精一杯になっているわが身にそんな指示が出され、それを実践しなければならないとなるとたいへんな重荷です。
 つまり、どっちにころんでも「行」ずることなどできません。したくはないのです。それを脇目もふらずにできる人は聖者なのでしょう。

 私なら、何でもいいから阿弥陀さまの方に向かって少しだけ自分に負荷をかけてみてください、と言うでしょうか。大切なことは「阿弥陀さまの方に向かって」ということです。勝手気ままに、好きなように、ということではありません。
 それは私にとっては一つは「称名念仏」です。阿弥陀さまの名前を呼ばさせていただくことです。阿弥陀さまみずから示されたことであり、そして先達たちが示してくださった道でもあります。もう一つは「聴聞」です。
 もっとも、これを「行」などというのはおこがましすぎます。毎日の生活のすき間を利用して、自分の思いにまかせて行うに過ぎませんから。しかしそれを、自分のレベルの「行」として設定することです。つまり、そのためにあえて時間を割いてみるのです。
 私が言うのですから、そうすることによってさとることができるとか、成仏できるという保証があるわけではありません。しかし何かが変わる、変えてくれる・・・という感じがしています。

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2011年9月12日 (月)

真心徹到するひとは

 仏道修行というのは、凡夫の迷い・煩悩の生活を離れるということです。それは人間の生活習慣を変えるという程度のものではなく、人間が楽しみにしていることをすべて捨て去ることです。迷いの世界にいる限り、努力やがんばり程度ではとてもおよびつかない世界がさとりの世界だからです。
 しかし仏道を歩むためには、「難行道」ではなく「易行道」を、「自力」ではなく「他力」を、「聖道門」ではなく「浄土門」を取ることを勧める流れがあります。それは、阿弥陀さまの心ひとつに帰依するという浄土教の流れです。南無阿弥陀仏という念仏一つで仏国土に生まれることができるという教えです。その他に何も求められない、要求されないのです。

 極重の悪人が、念仏を称えることによって救われてゆく。この世の常識では考えられない教えです。凡夫にすれば、あまりにも都合がよすぎて踏み込むことを躊躇してしまいます。それゆえ、中国における浄土教では、「念仏」とともに「懺悔(さんげ)」することが不可欠だと説かれました。野放しにしておけば、迷いと煩悩にまみれているのですから、できるだけ意識して「善行」をおこなうことも勧められました。
 よくわからないけどもとにかく「念仏を称えよ」といわれるより、「善い行いをせよ」といわれる方が、仏道を歩むにふさわしいと思う人の方が圧倒的に多いかもしれません。善い行いができないなら、せめて「懺悔せよ」といわれる方が、救われるような気になってしまいます。

 しかしその「懺悔」は、私たちが思うほどたやすいものではありません。中国の善道大師は次のように示されています。大乗の善を修める凡夫(=上品・じょうぼん)の懺悔は、毛穴から血の汗を流し眼から血の涙汗を流すこと、小乗の善を修める凡夫もしくは世俗的な善を修める凡夫(=中品・ちゅうぼん)の懺悔は、全身の毛穴から熱い汗を流し眼から血の涙を流すことだと。
 さらに罪悪の凡夫(=下品・げぼん)の懺悔は、全身が熱を帯び目から涙を流すことだと言われます。これくらいの懺悔ならできそうに思いますが、これまで涙を流して懺悔したことが何度あるでしょうか。つまり、懺悔をしているような真似事はしても、善導大師が示されたような懺悔などできてはいないのです。言い訳や開き直りしかありません。

  真心徹到するひとは
  金剛心なりければ
  三品の懺悔するひとと
  ひとしと宗師はのたまへり
   (『高僧和讃』註釈版p.590)

 「真心徹到」は、阿弥陀さまのまことのこころが凡夫に至りとどくことです。まともに懺悔はできなくとも、阿弥陀さまのこころをいただけば、上品・中品・下品の三品(さんぼん)の懺悔をする人と変わらない(等しい)というのです。阿弥陀さまのこころをいただくということは、いままで見ることができなかったわが身の姿が見えてくるということでもあるのではないでしょうか。
 仏法を聞いて、教えが「ありがたい」という思いよりも、どうしようもない自分を見せられからこそ「ありがたい」。どうも矛盾しているようですが、私にはそうとしか聞こえないのです。

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2011年9月 9日 (金)

日常生活のなかで称名念仏を

 親鸞聖人750回大遠忌法要に本願寺に参拝させていただいたとき、一番気になったことは念仏の声が聞こえないことでした。
 本願寺での大きな法要があるたびに、「念仏の声が小さくなってゆく」「念仏を称える人が少なくなってゆく」ということを聞いてきました。少なくとも本願寺での大きな法要は、いつもほぼ満堂ではないでしょうか。

 今回、大遠忌法要にお参りさせていただいたときも満堂の参拝者でしたが、おつとめの前後にうながされて合掌して念仏の声は、小さく短めで、体裁をつけているだけという感じです。もちろん、念仏に変わりはありませんから、そういう色をつけて見る私の思いがおかしいのかもしれません。しかし、そのとき以外の念仏は、ほとんど聞くことができません。私の耳に聞こえてきたのはせいぜい2~3人でしょうか。
 「合掌」「礼拝」とうながされてようやく聞こえてくる念仏も大切ではありますが、もっと至るところで縦横無尽に称えられる念仏が大事な気がしてなりません。
 「お念仏とともに歩む人生」「お念仏の薫る家庭」「お念仏をよろこべる生活」等々の言葉はよく耳にしますが、それは具体的にはどういう人生、どういう家庭、どういう生活なのでしょうか。

 私が子どもの頃、手を動かしながら、身体を動かしながら、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、・・・」と称える人が何人もおられました。ときには、お念仏の前後に「もったいない」「おかげさまやね」「恥ずかしなぁ」などの言葉が付いていたことも印象的です。
 いま思うと、いつも阿弥陀さまといっしょに生活していた人たちであると思います。またその念仏の声を聞いた人たちも、違和感や反発などの思いを抱いていたとしても、その念仏によって育てられていたのではないでしょうか。そして何年か経過したとき、その念仏に育てられた人たちが、また「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、・・・」と、日常生活のあらゆる場面で称名念仏されてきたのです。

 それがいつのころからか、頭で理解する念仏、観念の念仏となっていったのではないでしょうか。そのうち、無意識の称名念仏は、あるいは阿弥陀さまにうながされての称名念仏ではなく、自力でコントロールする念仏に変わっていった。現代社会を生きる人たちが自力でコントロールすることは、自分の身を守り、格好良く見せ、嫌われないように生きることでしょう。他人には理解されない念仏など称えることはありません。念仏を称えることも世間の常識に従って、仏前で全員で称える念仏しかないのです。
 つまり言葉は先行しても、実際に「お念仏とともに歩む人生」「お念仏の薫る家庭」「お念仏をよろこべる生活」という実態があるようにみえません。

 阿弥陀さまとともに生かさせていただいている・・・ということなどすっかり忘れて、勝手な生き方をしていても、念仏させていただくことで阿弥陀さまとともに生かさせていただくことを感じるとともに、阿弥陀さまと心が通い合うのです。

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2011年9月 3日 (土)

仙経を焼き捨て、浄土に帰せしめる

 親鸞聖人が七高僧の第三祖としてあげられている中国の曇鸞大師は、インドの龍樹菩薩が書かれた『中論』『十二門論』『大智度論』と提婆菩薩の『百論』の四論を身につけた、広く尊敬された学僧でした。さらに、『大集経』という大部の経典に註釈を加えることを思い立たれました。しかし途中で病気になられ、その仕事を中断せざるをえなくなりました。50歳を超えていたと伝えられています。
 なんとしてもこの仕事を完成させたいと思われた曇鸞大師は、とにかく長生きをすることが必要だとお考えになります。そのためには、不老長生の仙術を身につけようと陶弘景という当時の道教の第一人者を訪ねました。そこで仙術を学び、仙経を授かりました。

 意気揚々と帰路についた曇鸞大師は、落陽で三蔵法師の一人である菩提流支(ぼだいるし)に遇います。三蔵法師は固有名詞ではなく、経蔵(お経)、律蔵(戒律)、論蔵(お経の註釈)の三蔵を深く学び、身につけた僧のことです。鳩摩羅什(くまらじゅ)や玄奘(げんじょう)などが知られています。菩提流支は、天親菩薩の『十地経論』や『無量寿経優婆提舎願生偈』(『浄土論』)など多くの経典を翻訳された方です。
 曇鸞大師は、その菩提流支に、不老長生の仙術を学んできたことを伝え、仏法にこの仙経のようなすぐれた教えがあるのかと問うたといいます。それを聞いた菩提流支は、地に唾を吐き捨てて「なんという愚かことを」と歎くとともに、「たとえ長寿を得ることができたとしても、いずれはこの世の命を終え、違う迷いの境涯へと輪廻するばかりではないか」と叱りつけたのです。そして『観無量寿経』を授け、無量寿を教えました。
 菩提流支に教えを受け、授けられた『観無量寿経』を読んだ大師は、もっていた仙経を焼き捨おて、浄土の教えに帰依されました。

  本師曇鸞和尚は  菩提流支のをしへにて
  仙経ながくやきすてて  浄土にふかく帰せしめき

    (『高僧和讃』註釈版p.582)

 おそらく大師は、菩提流支から『観無量寿経』だけではなく、翻訳された天親菩薩の『浄土論』も授けられていたと思われます。それを何度も読まれるうちに、大師の著書『浄土論註』があらわされたのでしょう。

  四論の講説さしおきて  本願他力をときたまひ
  具縛の凡衆をみちびきて  涅槃のかどにぞいらしめし

    (『高僧和讃』註釈版p.582)

 大師はそれまで講じておられた四論を説かれなくなります。菩提流支との出遇いから、他力本願の念仏を説くようになります。煩悩に束縛されて生きるしかない凡夫を往生浄土の門に入れようとされてきたのです。
 曇鸞大師でも、目先の欲にまことを見失ってしまうのです。その目を開いてくれるまことを教えてくれるものこそが、阿弥陀さまの本願他力であったことを知ることができます。

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