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2011年9月 3日 (土)

仙経を焼き捨て、浄土に帰せしめる

 親鸞聖人が七高僧の第三祖としてあげられている中国の曇鸞大師は、インドの龍樹菩薩が書かれた『中論』『十二門論』『大智度論』と提婆菩薩の『百論』の四論を身につけた、広く尊敬された学僧でした。さらに、『大集経』という大部の経典に註釈を加えることを思い立たれました。しかし途中で病気になられ、その仕事を中断せざるをえなくなりました。50歳を超えていたと伝えられています。
 なんとしてもこの仕事を完成させたいと思われた曇鸞大師は、とにかく長生きをすることが必要だとお考えになります。そのためには、不老長生の仙術を身につけようと陶弘景という当時の道教の第一人者を訪ねました。そこで仙術を学び、仙経を授かりました。

 意気揚々と帰路についた曇鸞大師は、落陽で三蔵法師の一人である菩提流支(ぼだいるし)に遇います。三蔵法師は固有名詞ではなく、経蔵(お経)、律蔵(戒律)、論蔵(お経の註釈)の三蔵を深く学び、身につけた僧のことです。鳩摩羅什(くまらじゅ)や玄奘(げんじょう)などが知られています。菩提流支は、天親菩薩の『十地経論』や『無量寿経優婆提舎願生偈』(『浄土論』)など多くの経典を翻訳された方です。
 曇鸞大師は、その菩提流支に、不老長生の仙術を学んできたことを伝え、仏法にこの仙経のようなすぐれた教えがあるのかと問うたといいます。それを聞いた菩提流支は、地に唾を吐き捨てて「なんという愚かことを」と歎くとともに、「たとえ長寿を得ることができたとしても、いずれはこの世の命を終え、違う迷いの境涯へと輪廻するばかりではないか」と叱りつけたのです。そして『観無量寿経』を授け、無量寿を教えました。
 菩提流支に教えを受け、授けられた『観無量寿経』を読んだ大師は、もっていた仙経を焼き捨おて、浄土の教えに帰依されました。

  本師曇鸞和尚は  菩提流支のをしへにて
  仙経ながくやきすてて  浄土にふかく帰せしめき

    (『高僧和讃』註釈版p.582)

 おそらく大師は、菩提流支から『観無量寿経』だけではなく、翻訳された天親菩薩の『浄土論』も授けられていたと思われます。それを何度も読まれるうちに、大師の著書『浄土論註』があらわされたのでしょう。

  四論の講説さしおきて  本願他力をときたまひ
  具縛の凡衆をみちびきて  涅槃のかどにぞいらしめし

    (『高僧和讃』註釈版p.582)

 大師はそれまで講じておられた四論を説かれなくなります。菩提流支との出遇いから、他力本願の念仏を説くようになります。煩悩に束縛されて生きるしかない凡夫を往生浄土の門に入れようとされてきたのです。
 曇鸞大師でも、目先の欲にまことを見失ってしまうのです。その目を開いてくれるまことを教えてくれるものこそが、阿弥陀さまの本願他力であったことを知ることができます。

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