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2011年9月16日 (金)

ゴールデンタイムのサスペンスドラマもご説法

 ゴールデンタイムにあるテレビの2時間ドラマの視聴率はとても高いそうです。その内容はたいていサスペンスドラマといわれるもので、謎解きの要素もあり、ストーリーがどのように展開するのかというドキドキ感が多くの人を引きつけるのでしょう。しかも、まったく夢幻のような話ではなく、もしかすれば私たちの現実にもそういうことがあるかもしれない・・・というリアルな設定も人気の秘密かもしれません。

 それらのドラマの内容は、殺人事件(殺生)がどこかに出てきます。一人ではなく、二人、三人と殺されるものもあります。それら殺人に至るまでには横領や強盗など(偸盗)や、男女の複雑な関係(邪淫)が絡んでいます。
 さらに事件関係者がそれぞれにウソをついたり(妄語)、言葉を飾ったり(綺語)、あっちで言うこととこっちで言うことがずいぶんちがったり(両舌)、お互いをののしり合ったり(悪口)することで事件のゆくえが混乱するのを楽しんでいます。そんな事件関係者に同情したり、腹をたてたり、こいつが犯人だと決めつけたり・・・しつつ、ドラマを楽しんでいるのではないでしょうか。
 ドラマも大詰めになると、犯人が捕まり、謎解きがおこなわれます。納得したり、トリックの巧みさに感心したりしつつドラマは終わります。それにしても犯人の事件を起こした強い欲望(貪欲トンヨク)や怒り(瞋恚シンニ)を振り返ります。そして犯人に対してはもう少し冷静になっていたら、こんな事件など起こさずにすんだのにと思い、殺された者たちも殺されない方法があっただろうに・・・などとその愚かさ(愚痴)を振り返るのです。

 ということは、人気のサスペンスドラマは、仏教の十悪をいかに組み合わせてみせるかということにすぎません。問題が最後に解決することにホッとしつつも、それまでには演じられる十悪を楽しみながら見ていたのです。事件が解決したことへの安堵感はあっても、心の底から喜ぶことのできない思いが残るのも無理はない気がします。
 そして何よりも、そういう筋書きはほぼ読めたとしても、くり返しそんなドラマをみることを楽しみにしている自分は一体何ものなのでしょうか、と問わずにはおれません。

 頭のなかで、殺生は悪、偸盗も悪、・・・さらには十悪もしてはならないことと思いながらも、それを楽しみにしているこの愚かさこそが私の正体なのです。それを教えてくれるのがサスペンスドラマです。
 仏さまの話を聞く機会がないのではありません。仏さまの話として聞く気がないのです。正面から仏さまの話を聞けば寝てしまうし、第一そんな話を進んで聞く気にはなれない。それなら形を変えて、おもしろ楽しくわが姿をみせてやろうと示してくださっているのです。それに気づくか気づけないのか、私次第です。

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コメント

> ばばさん
 どうにもならんものに付き合ってゆくしかない・・・ですか。
そうですね、嫌になりますね。
 でも、阿弥陀さんは、無始よりこの方、ズーッと付き合っ
てくださってきました。そのことを聞かせてもらって初めて
知りました。どうにもならんものを持ち続けてきたから知る
ことができました。

投稿: gsaiko | 2011年9月19日 (月) 20時52分

今死んだらどんなに楽か、そう思う事の多い人生でした。
今でもそんな日々は変わりませんけどね。
見えないでしょう。私以外と打たれ強いんです。
いや、違う、辛さを心の中へ押し込めてしまうことで乗り越えてきたというのが本当かな。
これが仏法を聞くチャンス。チャンスでしたよ。
私の心の中を見る智慧をいただいたんですね。
今まで悲しかったね、辛かっただろう、と抱きしめてもらったような気持ちです。
先生、私の心の底にきずかせてもらって、こんな私であったのかと驚きます。
呆れ果てるんですが、どうにもならないんですねこれが。付き合っていくしかないか。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

投稿: ばば | 2011年9月18日 (日) 00時14分

> ばばさん
 人間の眼って外向いていますが、心も外向きになってしまいがちです。他人のことが気になってしかたがありません。
 その心の眼を私に向けてくださるのが、阿弥陀さまじゃないでしょうかね。
 ほんとうの自分に気づくことができたら、ゾッとすることもありますが、ハッと驚くこともありますよね。ばばさんはどちらですか?

投稿: gsaiko | 2011年9月17日 (土) 20時50分

毎日、2時間ドラマにはまっているばばです。

この2時間の間に法話テープを聞いたらと、ときには後ろめたさのような気持ちにもなりながら、目はスーッとテレビの方へいってしまう毎日。         先生に私の毎日を見られていたとは恥ずかしいな。

ドラマの人物の愚かさをみて笑いながら哀れなヤツや、と蔑みの気持ちで見ていたんですよ。私の姿とも思わないで。大笑いですね。

仏さまは、この様な私に、私の腹底を知らせるための御苦労はいかばかりか。私の方はぜんぜん忘れていました。

お前の姿だぞーと演じ見せてくださっていた。
それに気づくか、気づかないか私次第でした。

先生、ありがとうございました。
今また心が暖かく幸せな気持ちです。
なぜなんでしょう、仏様のことを考えたからでしょうか。

投稿: ばば | 2011年9月17日 (土) 13時42分

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