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2013年2月28日 (木)

聴聞は年数、回数を重ねても空しい

 お釈迦さま(以下、釈尊)は35歳でさとりをひらかれました。その後、80歳でお亡くなりになられるまで45年間、教え(法と戒律)を説き続けられました。しかし釈尊が直接お書きになられたものは何も残っていません。また釈尊ご存命中に文字によって記録された形跡もないようです。すべて口誦によって伝えられていたのです。
 その教主釈尊の遺言は、法をよりどころにするように(法灯明)というものでしたが、釈尊が亡くなられた後は、残されたお弟子たちの記憶にしか教えは残っていないことになります。お弟子のなかには、教団のたがはゆるみ、教えと違うことを説く人たちが出てきました。そこで長老のマーハカッサパ(摩訶迦葉)の呼びかけによって釈尊から直接教えをうけられたお弟子たち500人が集まりました。仏弟子のなかで多聞第一と言われたアーナンダ(阿難陀)によって「如是我聞(私はこのように聞きました)」という出だしで口誦し、参加者によって修正されたといいます。そして確認できると、全員で合誦されました。これがお経の始まりです。この集まりを第一結集(けつじゅう)と言われる経典の編集会議です。この合誦されたものがのちに文字化されました。
 その後第二結集が釈尊滅後100年頃、また第三結集が滅後200年頃におこなわれています。しかし第二結集以降は、直接釈尊から教えを受けた方はおられなかったでしょう。第二結集では上座部と大衆部に分裂しています。その点、第一結集は釈尊滅後4ヶ月後におこなわれたといわれていますから、まだみんなの記憶が鮮明であり、現在まで多くの経典が残された重要な会議でした。

 その重要な第一結集の中心となったアーナンダは、25年間、常に釈尊と従者として仕えていたので、釈尊の法をもっともよく聞いていた弟子でした。それゆえ多聞第一と言われるのです。だれもが釈尊の教えをまとめる重要な役割を果たせるのはアーナンダだと思いました。しかし長老マーハカッサパはこの結集への参加を許しませんでした。それはまださとりを開くことができていなかったからなのです。アーナンダはそれからこれまで以上に必死に教えを求め、前日にさとりを開き、結集を仕切ることになったというのです。

 常に釈尊の側にいて、教えを聞き続けたにもかかわらず、さとりを開くことができなかったというのは、アーナンダ自身、とてもつらかったのではないでしょうか。しかしこのことから、よき師につき、長い間修行を重ねてもさとり得ないこともあるということがわかります。言葉を換えれば、善知識に遇い、度重なる聴聞を経ても信を得ることができないということでしょう。
 だから仏法をどれだけ聞いても仕方がないというのではありません。仏法には聞く要があるのです。仏法には捨てものと拾いものがあるのです。これは真宗の公案とも言えるものではないでしょうか。捨てものにすがっている限りは、どれほどの聴聞も空しいものでしかありません。

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2013年2月14日 (木)

「浄土真宗における写経について」

 先月から自坊にて「正信偈講座」を始めました。毎月15日夜に開催です。明日、第2回を開催します。講座を始める前に、正信偈を書写してもらいます。1句でも2句でもゆっくりと自分のペースで書くことによって、親しんでもらおうという思いがあります。
 浄土真宗では「写経」をおこないませんが、「書いて味わう」ことや「書いて学ぶ」という形で写経をおこなう人は増えています。それを参加者に知ってもらうために次のような文章を作って配布します。

「浄土真宗における写経について」
お釈迦さまはご自身が説かれた教えを文字にされることはありませんでしたが、のちにお釈迦さまの説法を聞かれた遺弟たちがそのお言葉を書き記したものが経典(お経)となりました。以降、経典は書き写されることによって伝承されてきました。十世紀末、中国・北宋の太祖によって一切経(大蔵経)が木版によって印刷されましたが、その後も経典の書写は、読誦とともに仏道を歩む者にとって大切な宗教的実践でした。
 今日では、印刷技術が発達し、また必要なテキストはインターネットなどの電子媒体の普及により、経典・聖教も簡単に手に入れることができるようになっています。しかし社会状況が極めて不安定で善悪の価値観が希薄となり、何が正しい宗教であるのかわかりづらくなっている時代こそ、経典・聖教に触れることが必要になっています。
 浄土真宗以外の宗派においては、写経は仏道修行のひとつで、写経することが功徳となり、その功徳を仏さまに捧げる(回向する)といった意味で写経する人がたくさんおられます。しかし浄土真宗ではそのような意味での写経はおこないませんが、宗派の経典への興味・親しみ・理解をするために、浄土三部経(仏説無量寿経、仏説観無量寿経、仏説阿弥陀経)またはその一部の偈文(讃仏偈・重誓偈)など、さらには正信偈やその他のお聖教を書き写す人がふえています。
 仏法聴聞は法話を聞くことだけではなく、経典・聖教を読むことも含んでいます。聞くだけでは気づくことができなかった言葉に、読書によって出遇うことがあります。また、読み返すことで何度も、そしてゆっくり染み入るように味わうこともできます。さらに一字ずつていねいに経典・聖教を書写することによって、その文言の意味を改めて確認することを通して親しみをもち、より深く味わうことができるでしょう。

写経の心得
  一、正しく座りましょう。
  二、呼吸を整え、静かな心を保ちましょう。
  三、時間に急かされたり、雑念を交えながらの写経は慎みましょう。
  四、自分のペースで書き進めましょう。
  五、一画ずつゆっくりていねいに書写しましょう。
  六、書写した経文を一字一句拝読し、その意味を味わいましょう。

(『書いて味わう正信偈』・本願寺出版社および『私のための経本・正信偈写経』・自照社出版を参考にさせていただきました)

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2013年2月12日 (火)

本願がはたらいても、堕ちてゆく奴がおるんやで。

 「必ず救う、われにまかせよ」という阿弥陀さまの願いとはたらきを聞かせてもらうのが、私たちが歩ませてもらう道です。初めて聞いたときは、何のことかわからず、ただ言葉だけが素通りしていったように思います。それから何度も何度も聞かせていただいた言葉です。そういうもんかなぁ・・・とか、どのお坊さんもみんなそう言うなぁ・・・とか、ホンマかいな・・・なんてことをどれだけ繰り返し思ってきたでしょうか。これが疑いの心だとも思わず、ただ聞き流すだけでした。
 ほとんどの説教は、このことがテーマであり、要であり、締めくくりだったと思います。しかし僧侶になって、「必ず救う、われにまかせよ」とは言えませんでした。繰り返し聞いてきた言葉ですが、何度聞いてもその言葉をそのまま受け取ることができなかったのですから。人の説教をなぞっていうことは簡単なことかもしれませんが、心の底から納得することができない話やうなづくことができない話をマネてみても、伝わるはずはありません。

 それから後も、「必ず救う、われにまかせよ」と聞かされ続けてきました。それによってハッと気づかされたことがありました。阿弥陀さまは必ず救うという願いをたてられたのは、どんなことがあっても救われることのない私に向けてくださっているということです。どんなことがあっても救われないものを抱きとることができるから「われにまかせよ」とはたらいてくださっているということです。
 そんななかで、「仏さんは私を必ず救うという願いを成就してくださったのだから、私の往生はまちがいない。ありがたい、もったいない・・・」と言う人たちを何人も見てきました。ほんとにそういただける人はありがたい人なのでしょうが、私はそうはなれなかった。むしろ、必ず救うと誓ってくださっているけれど、浄土に生まれることなく堕ちてゆく者がいる。善を修めることはもちろんのこと何が善かもわからず、日常生活に振り回されて仏法を軽く見ている者が救われることなどない。堕ちてゆくしかないのだと。それは誰のことでもありません。私のことです。それは、日常の言動を振り返ればすぐわかることです。誰にも言えない闇の部分を抱えて、それを隠すために生きているのですから。「仏さんが必ず仏にしてみせると言っても、堕ちてゆく人がいるんやで。それは誰のことか知ってるか・・・」と、聞こえてくるのです。

 どこまでも私の思いにこだわり続けてきました。そしていまも、おそらくこれからもこだわり続けなければ生きていけないでしょう。それとはまったく相容れない「必ず救う、われにまかせよ」とはたらき続けている阿弥陀さまがおられる。無始以来自分自身にこだわり迷い続けている私と、同じく無視以来、私ひとりに向けて「必ず救う、われにまかせよ」と願いはたらき続けてくださっている阿弥陀さまと互角の勝負をしてきたのです。決着がつかぬままここに至ったのです。私は阿弥陀さまをなめ続けてきたのです。
 いま、阿弥陀さまのおこころをいただき、南無阿弥陀仏とこの口から飛び出してくださるようになりましたが、まだまだ阿弥陀さまをなめ続けるのが私の生き方であり、人生のような気がします。やっぱり堕ちてゆかねばならないのがわが身です。それでも「必ず救う、われにまかせよ」とあきらめず、捨てず、常にわが身に寄り添ってくださっているのが阿弥陀さまなのです。
なんまだなぶつ、なんまんだぶつ・・・・

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人間の言葉が力を失ったときは・・・

 お悔やみの言葉というのは、たいへん難しいものです。葬儀に参列するときは、多くの方がお参りされていますし、亡くなられた親族の方に顔を合わせても頭を下げるだけですむかもしれません。しかし、関係の深い親族やふだんからのつきあいが濃い人のところには、ひとこと声をかけなければと思いながらも、どのように声をかけたらよいのか困ってしまいます。亡き人や遺族の思いを汲み、自分の思いをどれほど饒舌にしゃべったところで、その場には合わないものになってしまうでしょう。口の中でモゴモゴ・・・とわかったのかわからないのか、どちらとも判別のつかない物言いがふさわしいのかもしれません。むしろ、できるだけ言葉の数を少なくするのが無難です。あるいは、「なんとお言葉をかければよいのか・・・」とか「申し上げる言葉もございません」というのが、遺族にももっとも伝わる言葉なのかもしれません。

 こういう場では、人間の言葉が通用しないし、人間の言葉は力を失ってしまっているのです。それに替わる言葉は仏さまの言葉しかありません。それがお経なのです。それは、お経のなかには、善悪や損得や勝ち負け、さらには喜怒哀楽やうらんだりねたんだりするような複雑な人間が抱える思いのところには見いだすことのできない真実(まこと)が示されているからでしょう。そしてそのお経の深い意味を知らなくても、遺族やお悔やみに来られた人たちにとっては、一番落ち着いた言葉として聞けるのではないでしょうか。
 そのように考えれば、お経は死者を慰め弔うためにあるのではなく、遺族やお悔やみに来られた人のためにあると言えるのです。

 しかし読経の響きによって、ほんのひとときの間だけ心静かになることができたとしても、それが終われば日常の世界に引き戻されます。そしてまた、人間の言葉によって煩悩の再生産が始まるのです。そんななかでも、自分の思いを見失ったり、自分の言葉が通じなくなったりしたときは、やはり仏さまの言葉がわが思いのところではたらくことがあります。それは称名念仏するときです。
 お経はかなり濃厚な仏さまの言葉ですが、南無阿弥陀仏という念仏は、さらに濃縮された仏さまのこころです。最初に口にする者にとっては、その濃厚さゆえにとても受け付けることができないかもしれません。それゆえ、少し薄められたお経の言葉、さらにもっと薄められた法話などによって、仏さまのおこころを知らさせていただくことができるのです。
 人間の言葉が通じない、あるいは人間の言葉が力を失ってしまったときには、またこの思いをだれが受け取ってくれるのかと叫びたくなるようなところに遭遇したとき、お経をつとめるのがいいのかもしれません。しかしもっと手早く、仏さまのこころである南無阿弥陀仏と口に称えさせていただくことができるのです。念仏こそ、まさに人間の思考や言葉を超えたところで、しっかりとはたらいてくださる仏さまのおこころなのです。

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2013年2月 8日 (金)

図書館協会選定図書に

 拙著『われも六字のうちにこそ住め』(樹心社)が、
日本図書館協会選定図書に選ばれたという連絡を
いただきました。

 仏教書ではあまり選定されないということのようです。
その選定基準がどこにあるのかもわかりませんが、
ありがたいことです。

 だからどうなるわけでもありませんが、図書館で
本を入れるひとつの目安になるということです。
ふだん仏法に縁のない人たちにも目を通していただけ
ればありがたいです。

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真宗基盤崩壊からの再興(下)

 既成仏教は、いままで固定化した寺檀関係の上に安住していました。僧侶たちもその教えを深めることなく、儀礼をこなし、うわべだけの人間関係を大切にしてきたのではないでしょうか。しかし、教えが生家を離れた世代に伝わっていないし、寺檀関係として継続してきた人間関係さえもが壊れてしまった今、残るものは儀礼だけです。教えを深めることのない僧侶の儀礼だけでは、五欲・煩悩を満たすことを手助けするうさんくさい宗教的儀礼の方が、仏教的な教えにまったく触れたことのない人たちにとっては魅力的かもしれません。
 そういう状況下では、伝統的な基盤を失いつつある日本仏教は、その存続さえも危ぶまれているほど大きな転換期にきているといえるのではないでしょうか。制度的・組織的な遺産を、この半世紀でずいぶん食いつぶしてきたのです。もちろん、現にこれまで寺院を支え、教えを支えてくださった高齢者の方々がおられるわけですから、その方たちとともに聞法を深めることは必須です。しかしその一方で、これまでの思い込みを突き破るような伝道・教化活動が求められていると思います。宗教嫌いの人たち、エセ宗教に取り込まれた人たち、宗教に関心を持たない人たち、さらには真実の教えに遇いたいと思っている人たちに向けて教えを発していかなければなりません。それは観念的でも学問的でも哲学的でもなく、わが身を通した具体的・経験的な仏法の真実(まこと)を伝えてゆくしかありません。いや、そういう具体的な仏法の真実しか、人の心にしみこんでゆくことはないのです。

 これからの伝道教化として、インターネットを使う方法があります。Webサイト、メーリングリスト、ブログ、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)、等々。音楽や映像などを駆使する伝道教化の方法もあるでしょう。しかしこれらはあくまでも補助手段に過ぎないと思っています。最終的には、対面する関係のなかでしか深めてゆくことはできないことです。
 つまり、教えは生身の人を通してしか伝わることはありません。あらたに深い宗教的な人間関係を築いてゆく必要があるでしょう。しかし、伝道教化をする人そのものが真実ではありませんから、人間関係を離れても真実がそれぞれの人のなかに灯るまで、ともに聴聞し続ける仕組みを作り上げることも必要なことです。「本願を信じ念仏を申す」身となるまで聴聞し続ける仕組みです。幸い、先に述べたインターネットの普及は、補助手段としては極めて効果的であることは言うまでもありません。

 私の自坊のある近隣の地域は、浄土真宗の寺院が少なく、宗教的な勢力としても極めて希薄な地域です。そんな地域に、30年ほど前から新規に住宅を求めてこられた方々が多く居住しておられます。おそらく深い宗教的な縁を持たない方々だと思われます。上記に記したようなことを、私なりに試みることを計画しています。それは自分の信心や宗教的な姿勢を問うことです。同時に、そこでいろんな学ばせてもらうことがあるとも思っています。

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2013年2月 7日 (木)

真宗基盤崩壊からの再興(上)

 日本の既成仏教は、江戸時代にできた寺檀制度のもとで制度的・組織的に固定化されてきました。固定されたのは寺院と檀家の関係だけではなく、本山と末寺(一般寺院)との関係も、またそれぞれの家の宗教構造も、いわゆる「家」制度のもとで固定化されました。
 しかし、昭和30年代からの高度経済成長が引き金となって、農山漁村を離れ都市に居住する人たちが増えていきます。それと比例するように、家の宗教であった既成仏教を離れ、いわゆる新宗教へ入る人たちが数を増してゆきます。それでも、家の宗教は存続し、寺檀関係も維持されていました。
 ところが、この20年ほどの間に、とくにこの10年ほどで顕著に状況は変わりつつあります。それは家の宗教が維持されなくなりつつあるということです。それは寺檀関係さえも崩壊し、寺院そのものの維持が難しくなりつつあるということでもあります。いまでは人口減少時代に入り、日本では首都圏以外では人口が増えなくなってしまっているのです。地方都市から遠く離れている農山漁村は「限界集落」などと言われ、その村落の消滅さえも問題になっています。つまり、かつては都市に出たのは次男・三男でしたが、今では長男が都市に出て、そのままふるさとに帰ってこなくなりつつあるのです。

 家の宗教に力があったときは、そこに生まれ育った人は、個人の好き嫌いや良し悪しを問わず、その影響を受けました。しかしそこから離れて都市に居住するようになった人たちは、家の宗教にまったく関わらなくなってしまいます。たとえば、浄土真宗の門徒であれば、実家を離れて生活するときは、親が仏壇を持たせたものです。しかし実家から離れて生活をするということは、まったく宗教色のない生活を始めることということとイコールになってしまっています。そんな人たちに仏壇を迎えることを勧めたら、「まだ生活を始めてから葬儀を出したことがないから仏壇は必要ない」といい、さらに「仏壇を迎えると死者が出る」などというまったく根拠のない言い訳がなされたりするのです。
 つまりまったく宗教に触れることないままの生活のなかに、さまざまな宗教、なかには詐欺に近いようなエセ宗教による勧誘に遇い、断る術を知らないまま染められて行くのです。
 私たちは、自分のもつ五欲・煩悩を満たせてくれるものには、少々うさんくさくても目の色を変えて飛びつきます。それが宗教だとさえ思ってしまうのでしょう。それはまともな宗教教育を受けないまま、ほんとうのことを見分ける力を失ってしまっているということです。少なくとも仏教は、五欲・煩悩を満たすことを推奨・手助けすることはありません。心をきれいにして五欲・煩悩から離れ、人のために精進している・・・と思うような私の心さえも、それこそ正しいことを見失っている煩悩じゃないの?とさとすのです。この世をわがもの顔で謳歌することを夢見ているけれど、それから覚めよと教えているのです。

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2013年2月 5日 (火)

仏法者にとっては仏法を誹る人もわが師

 人生を歩むなかで、指針となるような言葉に出遇うことがあります。ハッと教えられることもあります。また、長く教訓として心の底にとどまり時々思い出しては自分に言い聞かせる言葉もあります。若いときに出遇った言葉によって、人生の方向がガラリと変わったという人もおられます。しかしいつもその言葉どおりの生き方をしているわけではありません。むしろふだんはそんなことをすっかり忘れてしまっています。それでも、日常生活のなにかの拍子に肩を叩いてさとしてくれたり、落ち込んでいる自分が元気を取り戻すことがあったりするのが、格言であったり教訓となる言葉です。しかしそれらの言葉は、だれもが無条件で受け入れられるとは限りません。それぞれの人の経験や状況や心のありようによって、すーっと受け取ることができるものもありますし、何度ふれても受け入れることができない言葉もあります。
 しかし格言や教訓となる言葉の多くは、短く簡潔に示されていますから、聞くことや読むことさえも頑強に拒否するというようなことはありません。聞いたり読んだりしたあとで、多くのことを教えられ学ぶなかで、また生活のさまざまな経験をとおして、受け入れられるものと受け入れられないものを、直感的に峻別していると思われます。

 仏法にも、お経や先達の言葉が数多く残されています。そのなかには世間一般で使われる格言や教訓の類いのものとして流布しているものもあります。しかし漢文や古語などで示されると、なかなかなじめないところがあります。もうひとつ、仏法のお経や先達の言葉というのは、短い言葉にすると、前後が切り取られて正しい意味内容とは違った取り方をされることも往々にしてあります。聴聞を続けておられる方は、間違った受け取り方をされていても、どこかで正しく理解する機会があります。しかし仏法に対して強い拒絶反応を示す人には、法話を聞く機会に遇おうとはされません。いわば、仏法に対する偏見でしょう。どれだけやさしく説かれていても、教えへの拒絶反応は簡単には消えません。
 それを払拭することのひとつに、仏法に帰依しておられる方々とのよりよき人間関係があると思っています。とても尊敬できる人、自分のあこがれの人、自分に利益をもたらしてくれる人、等の人が、実は仏法に帰依している人である・・・ということになると、仏法は嫌いでも、その人お話は聞きたいと思うです。そのためには、仏法に帰依している人の生き方が問題になってきます。

 そうなると、仏法者あるいは念仏者と言われる人であれば、常に自己を振り返りわが身を正す生き方が求められると思います。もちろん、そう言われてもなかなかそういう生き方はできません。だからといって、そこに安住するというのは、誹謗正法の何ものでもありません。仏法のどこに真実があるのか、仏法など聞きたくない・・・などと言われる人もまた、人生を歩むなかで、指針となってくださる方であり、わが師とも言えるのではないでしょうか。

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