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2015年5月30日 (土)

第25期ビハーラ活動者養成研修へ

 本願寺派は昭和60年頃からビハーラ活動に取り組み始めました。その一つにビハーラを実践する人たちを要請することにも務めました。その一つがビハーラ活動者養成研修です。当初は、仏教でそのような活動を行っている人は少なく、キリスト教のホスピス活動を先例とし、その活動に携わっておられる方々が講師となられていたようです。
 それから回を重ね、今年度は第25期の研修です。これまで1200余名の方々がこの研修を受けられたと聞きました。また、この研修を受けられた人たちは、各教区のビハーラ活動の中心となって研鑽、活動されておられるようです。

 そんな研修に、今回、私も参加することにしました。2泊3日の研修が4回。そのほかに1日の実習が1回、1泊2日の実習が2回あります。実習場所として、京都府城陽市には、特別養護老人ホームの「ビハーラ本願寺」と緩和ケア施設の「あそかビハーラ病院」、さらには地域社会と根ざした福祉施設や病院などでも行うようになっています。

 人間の生・老・病・死のありようは、誰もが知っています。しかしそれは知識としてであり、このわが身の問題であると受け止めることはとても難しいように思います。とくに、老や病や死にあうことは不幸であり、そうなりたくない…と思うのが私たちの思いです。その思いを持つ続けているところに、老いが老がやってきて、あってはならないまさかの死がやってくるのです。若くて健康であれば、この世を懸命に生きることに力を注ぎ、ホッと一息ついたときにはのほほんとあたありまえのように生活しているのです。
 老や病や死を迎えるのに順番はありません。次の瞬間が私が引き受けなければならないことでもあるのです。いや、引き受けることができるのならいいですが、おそれおののく事態とならないという保証はどこにもありません。

 そんな思いを持ちながら、第25期ビハーラ活動者養成研修に参加することになりました。

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2015年5月26日 (火)

ずいぶんご無沙汰しております

 前回の更新は、2013年10月28日。
それからもう1年半以上たちました。

 よくまぁ、その一年半の間、私のこの世の命が途切れることなく、なんとか
ここに居ることができたものです。これまでは、こんな思いになることは
ありませんでしたが、この一年半余の間に見たり、聞いたり、経験して
きて、私に教え示してくださった多くのことがらが、そう思わずにはおれない
私にしてくださったんだと思わずにはおれません。

 半年ほど前から、そろそろこのブログを再開したい、しなければならない
と思っていました。でも、なかなか言葉にすることができませんでした。

 その間、大谷派の瓜生崇師は、響流書房なる浄土真宗のご法話を中心
とした小冊子の出版社を立ち上げ、すでに15冊が出版されています。
ただ、これらの書籍はすべて電子書籍です。
 価格はリーズナブルで、1冊100円というのが中心の価格帯。少し
ボリュームのあるものについては250円というのもありますが、それでも
中身は濃く、深く御法を味わうことができます。関心のある方は是非
読んでみてください。専用端末(Kindle)でも、また専用の無料アプリを
ダウンロードすればスマホやタブレットなどでも購入し読むことができます。
 詳細は、http://kourushobo.com/ へ。また、「響流書房」で検索
してみてください。

 そんな動きもあって、結構むずむずしてたのですが、書けないものは
書けない。書くことの気力が足らなかったことや、感性も弱っていた
のかもしれません。

 でも、きょうは、ここでこのブログの再会宣言をします。

 というのは、一昨日、埼玉県浦和市の最勝寺永代経に出講させて
いただきました。このお寺、私が築地に勤務しているときからのご縁が
あるお寺で、常例布教を中心に年に3~4回、ご法話をさせていただく
機会をいただくのです。
 そして一昨日の永代経のとき、お話をさせていただく人たちの聞いて
くださっている姿に、ちょっと驚きました。100名くらいのお参りだった
でしょうか。この方々、ほんとに真剣に聞いてくださっている。話そうと
思っていたこと以外、みなさんに刺激を受けて、どんどん話を引き出
させてくださっている・・・という思いをしたのです。

 そしてきょうの朝、そのことを思い出しながら、あの人たちと仏法を語り
あえたら、どんなに深まることか・・・と思ったのです。でも場所は遠方。
しょっちゅう語り合うことなどできない。それじゃ、一方的にでも、御法を
投げかけておけば、もし響けば何かが返ってくるかも・・・と思ったのです。

 そうそう、ブログがあった。仏法を聞きたい、語りたい、そして話したい、
等々という思いを持っている人は少なからずいる。いろんなところで、
多くの先生方が仏法・真宗を語り、活字になさっておられるけれど、
私は私なりに書き記しておきたい・・・と思ったのです。
 たいしたことが書けるわけではありません。でも書く気がしなくても、
感性が鈍っていても、常に本願に照らされて生きている限り、知らん
ふりもできないですからね。

 明日から、本願寺の第25期ビハーラ活動者養成が始まります。
私も参加します。いままでとは少し違った視点をいただけるであろう
ことを期待しています。その報告などもできれば・・・と思っています。

 親鸞聖人のお手紙の中に、次のような文章があります。

 なによりも、去年・今年、老少男女おほくのひとびとの、死にあひて
 候ふらんことこそ、あはれに候へ。ただし生死無常のことわり、
 くはしく如来の説きおかせおはしまして候ふうへは、おどろき
 おぼしめすべからず候ふ。  (『註釈版聖典』 771~772頁)

 まさに、私の去年、今年の話ですし、仏が示されたまことでもあり
ます。それらに目を背けることをゆるさない、きびしいご催促です。
そのことに何もできないまま、むなしく日は過ぎてゆきます。だから
といって何ができるわけではないけれど、まことに触れさせていた
だいたがゆえに動き始めた、この我が思いを、またこの場、この
機会に、足りないながらも言葉にしていきたいと思うのです。

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