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2015年8月30日 (日)

そのまま法水のなかに

 またしばらくご無沙汰してしまいました。

 次々と入ってくるスケジュールを、深く考えることもなく済ませてゆく・・・
というのは言いすぎかもしれませんが、振り返る余裕もなく、怒濤のように日が過ぎ去っていきました。そんな8月が終わろうとしています。

 何を考えていても、どのような行いをしても、時間は過ぎてゆきます。何も変わるものはないかのようです。でも、考えたことや為してきたことの蓄積がいまの”わたし”です。自覚できなくても積み重ねてきた私の業の結果が”わたし”です。
 そんなことを深く考えることはめったにありませんが、フッと、そんなことを聞かせてもらってきたんやなぁ~と思っています。

  その籠を水につけよ、わが身をば法に
  ひてておくべきよし仰せられ候ふよしに候ふ。
  万事信なきによりてわろきなり。善知識の
  わろきと仰せらるるは、信のなきことを
  くせごとと仰せられ候ふことに候ふ。
            (「御一代記聞書」 注釈版1260頁)

 私の心はカゴに水を入れるようなもので、有り難いと思って聞いた教えも、すぐに元に戻ってしまう・・・と心の内を明らかにした同行に、蓮如上人は「そのカゴを水につけよ」「わが身を法に浸しておけ」とおっしゃったのです。さらに、わが身のありようは、真実信心のないことからおこるのであり、それは好ましくないこと、けしからぬこと(くせごと)であるとおっしゃっています。
 あれもこれも・・・とカゴの使い道はあるけれど、また使えば使うほどカゴの有用性はあるけれど、肝心要の教えがカゴの目から漏れ落ちてゆく。カゴに残るのは、カゴの目より大きなゴミばかり・・・。

 日々の生活で積み重ねているのは、私を中心にした思いと行為。そこから一歩も出るもんじゃない。懸命に生きてるけど、それは「くせごと」だと断言される。そこで出てくる言葉が、「でもね・・・」。
 その「でもね・・・」も、そのまま法水のなかに。なんまんだぶつ。

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